狙われたのは1
街外れの共同墓地の一角にノキアの墓はあった。家族のいなかったノキアは、貴族たちの眠る高級墓地ではなく、聖都が見渡せるこの共同墓地への埋葬を希望したそうだ。
サラはマーニャに包んでもらった花束を墓石の前に供えた。
「ノキアさま、サラはすべての暗号を解読することができました。遺された研究も続けていくつもりです。どうか見守っていてください」
丘の上を気持ちの良い風が吹き抜けた。
草木が揺れ、小さな葉が舞い上がる。
「素晴らしい方々に出会うことができ、とても親切にしていただいています。わたし、この国に来て良かったです」
そう言って手を合わせる。直接会うことは叶わなかったが、あの手記からはサラを気遣うノキアの気持ちが伝わってきた。改めて頑張らなければ、と思う。
隣ではコハクが目を閉じて祈りを捧げていた。その横顔は陶器の人形のように美しく、サラは思わず見とれてしまう。
あの唇が自分に触れたなんて…。
「どうしました?」
「いえ、何でもないです」
「…そうですか」
コハクは軽く微笑んで、サラの肩を抱いた。
「貴女を選んでくださったことへのお礼を申し上げました。それから、ずっと大切にします、と」
サラの胸がちくりと傷んだ。自分はコハクにとって何なのだろう。あの日から一週間、二人の関係に大きな変化はない。強いて言えば名前を呼び合うことくらいだ。それが特別なことだとはわかっている。でも…。
サラが口を開きかけたとき、急に強い風が吹いた。風は徐々に強さを増し、二人の周りだけで渦を巻くように吹き荒れた。
明らかに不自然なこれは魔法の風だ。
サラは鞄から杖を取り出して握りしめた。目を閉じて術者の気配を探るが、風が強すぎて集中できない。その様子に気が付いたのか、コハクが外套でサラを包み込んだ。
風の音が小さくなる。これなら集中できそうだ。
右斜め後ろ、距離はだいたいこれくらい。
サラはコハクの腕を離した。それを合図にサラを覆っていた外套が外される。サラは振り向きざまに魔法を放った。
一瞬の後、荒れ狂っていた風がおさまり、辺りに静寂が戻ってきた。
魔法を放った方向、墓地の隅にある大木の横に男が倒れていた。手足に重りのような氷の塊が張り付いて動けなくなっている。空気中の水分を凍らせて相手の自由を奪ったのだ。
「誰の指示か答えなさい」
ぞっとするくらい冷たい声でコハクが言った。
男は顔を上げてサラの方を見ると、眉間に皺を寄せて睨み付けた。歳は三十代半ば。聖都ではあまり見かけない真っ黒な髪の男で、左耳に見覚えのある赤い耳飾りをしていた。
「邪魔な女だ」
サラに向かって吐き捨てた男の襟首を、コハクが掴んで捻りあげる。男は呻き声を上げた。
「誰の指示か聞いているのですよ」
力を入れている様子はまったく見受けられないのに、男の襟首はきりきりと絞まっていく。
コハクは冷酷な宰相の顔をしていた。サラは底知れぬ恐怖を感じ、思わず両手で杖を握りしめた。
しかし、尋問されているというのに、男には少しも怯える様子はない。それどころか…。
「美しい」
そう言って恍惚とした笑みを浮かべた。
「王国の復活は近い」
男は嬉々として叫ぶと、その体が小刻みに震えだした。コハクは投げ捨てるように手を離して立ち上がる。男の体は何回か痙攣した後、大きく目を見開いて動かなくなった。
「毒を飲みましたね」
冷たく言い放つ横顔は、確かに美しかった。
騎士団に死体の処理を依頼するため、コハクは墓地の事務所に向かった。サラは見張りをすると言い張って、ここに残った。
死体には触れないように言われているので、少し離れて死者の冥福を祈る。そして鞄から二つの魔道具を取り出した。紅玉は黒く変色しているが、柘榴石には変化は見られない。もう一度魔力を送り、紅玉を鮮やかな赤に戻しておく。
サラは死体から離れて魔法で周囲を探った。
予想通り、少し離れた茂みの中に雀の死骸が落ちていた。赤く膨らんだ眼球に黒い紋様が刻まれている。今朝も何回か見た癖のある紋様だ。まだ新しいので、術者の様子も読み取れそうだ。その結果、先程の男による術だとわかった。
「サラ」
遠くでコハクが呼んでいる。
サラは茂みから立ち上がって手を振った。それに気が付いたコハクはサラに駆け寄ると、何の前触れもなく抱き締めた。
「姿が見えないので心配しました」
息が上がっている。
嬉しさと、ここまで心配しなくてもという冷めた気持ちが両方沸き上がってきた。
「この子を見つけたので、術を調べていました」
サラはコハクの腕から離れて、足元の雀を指差した。
「さっきの男の人が操っていました」
「そこまでわかるのですか」
「まだ新しかったのと、相手の顔がわかりましたから」
かけたばかりの魔法には、相手の意志が強く残る。サラは鞄から紅玉を取り出して手のひらに乗せた。
「騎士団からいただいた紋様を解析して、似たようなものが近くで使われたときに反応するようにしてあります」
「それでこの雀を見つけたのですね」
「紋様の解析は終わりました。この子を星に還してもよろしいでしょうか」
コハクは少し考えてから頷いた。
「ありがとうございます」
サラは座って祈りを捧げる。手のひらをかざして魔力を送ると、雀は白い蒸気になって空へと消えていった。




