誰のための優しさ1
国王の執務室では、アレクとサラが向かい合って話をしていた。アレクに呼び出されたサラは、予定よりも三日早く登城することになったのだ。
青い神官服を着たサラは、初めてここに来たときの緊張していた姿や、怯えたような姿とはうって変わって、落ち着いた様子でアレクの話に受け答えしている。
何とかして話す機会を作らなければ。
コハクは無表情を装いながら、複雑な気持ちでアレクの斜め後ろに控えていた。
執務室に来てからというもの、サラとは一度も目が合っていない。国王であるアレクに用事があって来たのだから当然と言えば当然なのだが、どうにも腑に落ちない。いくらなんでも不自然すぎるのだ。
とうとう嫌われてしまったか。
あの日の別れ際を思い出す。距離を図りかねたのは自分だ。今さら後悔しても遅すぎる。
「コハク、司祭に蛇の話をして」
アレクが話を振ったときも、サラはコハクの目を見なかった。
「はい。先週、城の西側で蛇の死骸が見つかりました」
コハクは大蛇の件と、そこに刻まれていた言葉を伝えた。森の中の気配と暗号文字については、サラには話さないことにする。
コハクが話している間も、サラは下を向いて何やら考え込んだ姿勢のままで、顔を上げることはなかった。
報告が終わり、アレクが腕を組む。
「昨日、騎士団が城の周りを確認したところ、呪術をかけられた生き物の死骸が複数見つかったんだ。それで、司祭に結界の様子を見てもらおうと思って、急だけど来てもらったんだよ」
「はい、承知いたしました」
サラは一礼する。引き締まった表情は、魔法を使うときと同じく凛々しかった。
「陛下、お願いがあるのですが」
「ん?」
「その生き物の死骸は、まだお城にありますか?」
「捨ててはいないと思うから、騎士団に保管してあるはずだよ。それがどうかしたの?」
「紋様が刻まれた部位だけでかまいませんので、その死骸をいくつかいただけないでしょうか。新しい術の研究に必要なのです」
「わかった。ヒスイに言っておくよ」
新しい鉱石に使う術のためだろう。
コハクは、サラが生き物の死骸を並べてかわいらしく首をひねっている姿を想像して、軽い寒気を感じた。
「じゃあ、結界の確認をよろしくね」
「はい」
サラはまっすぐにアレクを見て答える。
「コハク、君が付き添って」
「…承知いたしました」
気が重いがこれは命令だ。コハクは椅子に掛けていたローブを掴む。
「よろしくお願いします。宰相さま」
サラは立ち上がり、神官服の裾を持って礼をする。彼女が顔を上げたとき、今日はじめて目が合った。
二、三秒は経っただろうか。
サラは今にも泣き出しそうな顔になると、唇を噛んで目を逸らした。
目が合うことすら、そんなに嫌なのか。
コハクは激しい動揺を胸の奥にしまいこむ。
「…では、行きましょう」
何食わぬ顔で扉を開け、先に執務室を後にした。
必死で冷静さを装い、一つ目の魔道具の祠へ向かう。
サラはコハクの少し後ろを歩いていた。初めて出会った日のように、小さな足音が後ろから追いかけてくる。
廊下で出会う人々は、今日はサラにも会釈をする。以前は見習いの女中が歩いているようにでも見えたのだろうが、今回は豪華な刺繍の入った神官服から、誰の目にもサラが高位の神官だとわかるようだ。
出会った日に戻れたら、もっとうまくやれるのに。
そんなくだらないことを考えているうちに一つ目の祠に到着した。サラは何も言わずに祠に歩み寄る。
もう私は貴女の側にいられないのですか。
祠の前に座り込む小さな背中に、心の中で問いかける。
サラは振り向かない。どのような作業をしているのかは、コハクの位置からはわからなかった。
「異常はありませんでした」
振り返ってサラが言う。目線は合わない。それに、初めて出会った日よりも、他人行儀な物言いだった。
コハクは黙って頷き、次の祠に向けて歩き出した。
すぐ後ろからサラの足音が聞こえる。手を伸ばせば触れられるくらい近くにいるのに、その距離は果てしなく遠い。
これ以上離れないように、異変があってもすぐに気付けるように、コハクは神経を尖らせて歩き続ける。
こうして確認した四個の魔道具に異変はなく、最後に向かったのは一昨日蛇の死骸が見つかった場所の近く、兵士の宿舎の裏にある祠だった。
何も言わず、サラは祠の前に座って作業をはじめた。
その背中を見つめながら、コハクは先程よりも諦めの気持ちが大きくなっていることに気が付いた。
作業をするサラからは、以前のような戸惑いや自信のなさは感じられなくなっていた。これが司祭として成長した姿であるのなら、国益を重視するコハクにとっても喜ばしいことである。何もできなかったが、成長を見守りたいという願いも叶った。
…サラにはコハクの支えなど必要ない。
そう思ったとき、吐き気にも似た気持ち悪さが込み上げてきて、コハクは思わず手で口を覆った。そうでもしないと本当に吐いてしまいそうだった。
コハクは、自分の上部だけの決心が、いかに綺麗事で塗り固めた嘘だったかを自覚した。




