サラの弱点
馬車は騎士団の詰所で停まった。
サラはセシルに付き添われて馬車を降りる。セシルに気が付いて敬礼した兵士たちは、後ろを歩くサラにも一礼した。今日のサラは高位の神官服の上に、薄手の水色のローブを羽織っている。
「今日は神官服をお召しになられているのですね。よくお似合いです」
セシルが言った。まったく嫌味を感じないのは、柔らかい物腰のおかげだろう。
「国王陛下にお会いするとお聞きしましたので、今回こそ平服では失礼かと思いまして」
「陛下は規律に厳しい方ではありませんから、心配はいりませんよ」
そう言われても、気にしない訳がない。この前は偶然だったから仕方がないとしても、本当は正装で来たいくらいだ。それでも、祠での作業があるので動きやすい服装にするしかなかったのだ。
「うちの騎士団長なんて、非公式な場では敬語すら使わないことも多くて、こちらが焦るくらいです」
「ヒスイさまは気さくな方ですものね」
「ええ。ですが、ああ見えてもヒスイ様は槍の名手なのですよ。私は未だに一本も取ることができていません」
勝てないことを話しているとは思えない穏やかな顔でセシルは笑う。
「ヒスイさまのことを尊敬されているのですね」
「はい。私はもっと鍛錬して強くなり、あの方の隣でこの国を守っていきたいと思っています」
セシルはどこか遠い目をして言った。
きっと尊敬しているだけでなく女性としても好きなのだろうと、サラにも容易に想像ができる。
わたしもこんなに素直に話せたらいいのに。
少し羨ましくなった。
「司祭様」
「何でしょうか」
「少々おせっかいな事を申し上げますが、聞き流してくださいね」
セシルは立ち止まり、人の良さそうな笑顔でサラを見下ろした。
「私は騎士ですから、同じく騎士であるヒスイ様を目標にしています」
「はい」
「ですが、司祭様と同等の立場の人間は存在しません。司祭様は最初から教会の頂点に立たれています。目標とする具体的な相手がいないというのは孤独なものです」
「そうかも…しれません」
言われてみれば、確かにその通りだ。
サラには立派な司祭になるという目標があるが、そもそも立派な司祭とは何だろう。前司祭は立派な方だったと皆が口を揃えて言うが、サラだけは直接会ったことがない。だから想像するしかなく、それでも自分なりに頑張っていたのに、コハクには寂しそうな顔をされてしまった。
「わたしはどうすればいいのでしょうか」
正解などあるわけないのに、どうしても聞かずにはいられなかった。
「私は教会のことはよく存じ上げませんので、一般論を申し上げます。失礼ながら司祭様はまだお若いのですから、もっと周囲に頼っていただいても良いかと思います」
「頼る…ですか」
「お一人で抱え込まないでください」
セシルの言うことは理解できるが、どうすれば良いのかわからない。
サラは物心着いた頃にはすでに孤児院で暮らしていた。
人見知りが激しかったからか、人に懐くことはなく、他の子どもが先生や年長者に甘えたり頼ったりする姿を、遠くで見ているだけの子どもだった。
そんなサラに養子の声がかかることはなく、気が付けば孤児院では年長者として周囲の世話をする立場になっていた。
魔法学校に入ってからは一人で研究に没頭するようになり、ますます人と関わる機会が少なくなっていた。
誰にも頼らず自分の力だけで生きていきたいと思っていた。
…誰にも心を開けない。いや、開く方法がわからない。
サラが目を背け続けていた、一番弱い部分だった。
「わたしは…、人に頼る方法がわかりません」
「簡単ですよ。思ったことをそのまま伝えればいいのです」
「言われた相手は迷惑ではないのでしょうか」
「相手を選べばよいのです。教会の方々に言いづらいのでしたら、我々をどうぞ頼ってください。我々は司祭さまのお役に立ちたいと思っていますから」
セシルの言葉を疑う気は少しも起きなかった。ここで出会った人々は、驚くほど親切にしてくれる。特にあの人は…。
「ありがとうございます」
少し、気持ちが軽くなった。
サラがお礼を言うと、セシルは目を細めて頷いた。
「特に宰相閣下は、司祭様に頼られるのを待っておられますよ」
「宰相さまが?」
セシルの笑顔が少し曇った。サラはそこにコハクの悲しそうな顔を連想し、胸がきゅっと苦しくなった。
「あの方は司祭様よりも、ずっとずっと孤独な方です。どうか宰相閣下をよろしくお願いします」
セシルは胸に手をあて深く頭を下げた。
自分より年上の男性に敬意を示されるのは不思議な感覚だ。サラはうつむいて両手を強く握った。
感情を表に出さない冷静な宰相の顔は、周囲や本人が理想とするコハクの姿だろう。それとは別に、時折見せる感情的な姿もコハクの一面だ。アレクやヒスイなど、彼は親しい人の前だけで心を開く。そして、なぜか自分もその輪に入れてもらっている。
サラはコハクの感情的な面を認めなかった。
自分の肩書きを重荷に感じていたくせに、知らないうちにコハクを宰相の肩書きに縛りつけて見ていたのだ。
あの日だって、いずれは話をすると言ったコハクを拒絶してしまった。自分は無関係だと決めつけて歩み寄ろうとする彼を突き放した。
護衛という理由があったにせよ、手を繋いで歩いたことは嬉しかったのに、それすら言わなかった。
優しい彼はきっと傷ついたに違いない。開きかけた心を刃物でえぐるようなことをしてしまった。
このような出会いを繰り返して、彼はますます孤独になっていったのだろうか…。
もう間に合わないかもしれない。もう心を開いてくれないかもしれない。それでもいい、とにかく謝らなければ。
サラが顔を上げると、セシルは元の人の良さそうな笑顔に戻っていた。
「行きましょう。陛下がお待ちです」
サラは頷いた。
とにかく話すきっかけを作らなければ。そうすればきっと…。




