偶然の出会い5
悩んだあげく、サラは青い色の包装紙と白いリボンを選んだ。今日コハクに買ってもらったドレスと同じ色の組み合わせだ。
マーニャが花を包んでいる間、サラとコハクは店の表に戻ることにした。普段、薬の材料として植物を見ているサラにとっては、きれいな切り花が並ぶ店内はとても新鮮だった。独特の青い匂いが鼻腔をくすぐる。
「いずれ、お話します」
コハクが呟いた。
おそらく先程の話だろう。
「わたしは話していただかなくてもかまいません」
サラは花を眺めたままで答える。
コハクが過去に大切な人を亡くしたことは容易に想像がつく。その思いをまだ引きずっていることも。
サラは神官として、傷ついた人々の話を聞くこともあるし、柔らかい言葉で心の表面を癒して、立ち直る後押しをすることもある。しかし、他人の言葉だけですべての傷が癒されることは決してなく、多くは時間が解決してくれる。サラはそれを手伝うだけだ。
彼は本当に話したいと思った相手にだけ話すべきだ。
いずれ、ということは、少なくとも今の相手は自分ではない。
「そうですか…」
コハクはそれきり何も言わなかった。
重苦しい空気の中、サラは黙って花を観察していた。
「あらあら、二人とも暗い顔しちゃって」
店の奥から、青い包装紙で包まれた花束を抱えたマーニャが戻ってきた。立ち上がったコハクは微笑んで花束を受け取り、それを抱きしめるようにして目を閉じる。
きっと亡くなった人のことを考えているのだろう。
目のやり場に困ったサラは、近くの花を眺めて時間を潰すことにする。来なければ良かった、と少し思った。
「サラちゃん」
その呼ばれ方は何年ぶりだろう。驚いて振り返ると、マーニャが手招きをしている。
「司祭様に失礼かしら」
「わたしは嬉しいです」
「じゃあ、サラちゃんにこれをあげるわ」
マーニャは、大きな花束と同じ包装紙で包まれた小さな花束を差し出した。薄紅色の桜草と白いかすみ草が、かわいらしくまとめられている。
「ありがとうございます」
「今日は来てくれてありがとうね」
そう言ってマーニャは両手でサラの手を包み込んだ。暖かくて柔らかい手だった。
「マーニャさんに先を越されるとは思いませんでした」
いつの間にかコハクが後ろに立っていた。すでに外套をつけ、眼鏡をかけている。
マーニャはいたずらっぽく笑う。
「坊っちゃんは女の子に花束のひとつもあげたことがないのですか?」
「その呼び方はやめてください。その発想がなかっただけですよ」
「宰相さまにはドレスを買っていただきましたし、それにお花なら以前いただきました」
コハクをかばうようにサラは主張する。
「あら、どんなお花をもらったの?」
「お城の敷地に咲いていたお花をいただきました」
「その話は、あの…」
「根っこが良いお薬の材料になり、とても嬉しかったです」
贈られた花が嬉しかったと言っているのに、コハクはため息をつき、マーニャは肩を震わせて笑いをこらえている。
「次はサラちゃんに贈るお花を買いにいらっしゃい」
「…検討します」
コハクは苦笑いを浮かべている。
マーニャはこちらを向いて、サラの頭を優しく撫でた。
「またいらしてね。いつでも大歓迎よ」
「はい」
コハクは先に店から出ていった。サラも後を追う。振り向くと、マーニャはいつまでも手を振っていた。
店の外は静かな路地で、少し先の大通りに目を向けると、行き交う多くの人々が見える。ほんの少しの距離なのに、こことは別世界だ。
コハクは険しい顔で周囲を見回していた。
「危険な気配はありませんね」
声をかけると、コハクは驚いた様子でサラを見下ろした。
「貴女にもわかるのですね」
「完璧かどうかはわかりませんが、皆様にご迷惑をお掛けしないように気を付けています」
ヒスイから護衛の話を聞いてから、サラは外出時には自分の周囲に簡単な結界を張っている。悪意を持つものが近づいても察知できるはずだ。
「私は迷惑だなんて少しも思っていませんが」
「お気遣いありがとうございます。ですが、わたしの個人的な外出まで、お忙しい宰相さまに護衛していただくなんて申し訳ないですから」
「護衛だなんて、あれは陛下が…」
「宰相さまがずっと周囲を警戒されているのにも、気付いておりました」
突き放したような物言いになった。お花屋さんで気付いてしまった心の距離が、思っていたよりも重くのしかかっている。もしも彼の優しさが義務感からくる付属品のようなものだったら…。
「この短期間で、貴女はとても立派になられましたね」
コハクは呆けたような、どこか遠い目をして呟いた。
サラはずっとコハクに認められたかった。もちろんそれだけが理由ではないが、それを支えにして毎日仕事をして、勉強して、暗号の解読にも精を出した。少しずつ自分に自信を持てるようにもなってきた。
それなのに…。
「私が思っていたよりもずっと早く」
なぜそんなに寂しそうな目で見つめるのだろう。
「わたしは、早く宰相さまのように仕事ができるようになりたくて…」
「私のように…ですか」
コハクは目を逸らす。
「貴女はすでに立派な司祭ですよ。ファティマ司祭」
誉められているのにまったく嬉しく感じないのは、目の前のコハクから、完全に表情が消えているからだろう。
「わたしなんて、宰相さまの足元にも及びません」
サラの言葉にもコハクは首を振る。
「そろそろ時間ですね。教会までお送りします」
両手がふさがったコハクとは手を繋ぐことはできない。
寂しく思う一方で、ほっとしてしまった自分が悲しかった。




