偶然の出会い4
サラが試着室から出ると、コハクの姿が消えていた。
店内を見回していると店員に声をかけられた。
「お連れ様はお会計をされて、店の外でお待ちになっていますよ」
サラは急いで店を飛び出した。
店の前にコハクが紙袋を抱えて立っていた。サラに気が付いて唇の端を上げる。
「宰相さま」
しまった、と思ったが、幸い周囲の人には気付かれなかったようだ。
「早かったですね」
「お洋服代、お支払いします」
「結構です」
「どうして、わたしの服なのに…」
「どうしてと言われましても、私がそうしたいと思ったからです」
サラは必死なのに、コハクは微笑みを絶やさない。なぜそんなに嬉しそうなのだろう。
「先程貴女に失礼なことを申し上げたお詫びということで如何でしょう」
「わたしは気にしていません」
「それでは、ひとつお願いをしてもいいでしょうか」
コハクは譲る気はなさそうだ。サラはとりあえず頷いてみる。
「今度は私の買い物に付き合ってただけますか」
「そんな簡単なこと、お洋服の代わりになりません」
「どうしても貴女に選んでいただきたい物があるのです」
そんな言い方をされたら、断れない。
「…わかりました」
差し出された手に、サラは自分の手を重ねる。サラは、その手をきゅっと握りながらコハクを見上げる。
「ありがとうございます。大切にします」
「いつか貴女が着ている姿を見せてくださいね」
「はい」
それは私服でコハクに会うということだ。コハクはその意味がわかっているのだろうか。
「でも、城に来るときはやめておいてください」
「え?」
「あんなにかわいらしい姿を兵士達に見せるわけにはいきません」
外套に隠れてコハクの表情はよく見えない。
「…お世辞でもうれしいです」
コハクはサラを見ると、何か言いかけて口をつぐんだ。そして不機嫌そうな顔で横を向いてしまった。
失礼なことを言った覚えはないのだが。
コハクはふてくされた表情のまま、サラの手を引いて歩き出す。よろけた拍子に、指を絡めて体を引き寄せられる。
「せっかく彼氏と言われたのですから」
前を向いたままコハクが呟いた。やはりこのことを気にしていたようだ。
「わたしには恐れ多いことです」
コハクはサラに一瞬だけ視線を向けると、何も言わずに歩き続けた。
そこは、静かな路地にあるこじんまりとした花屋だった。
「お待ちしておりましたよ、宰相閣下」
入り口で前掛けをした老齢の女性が出迎えてくれた。サラよりも小柄な老女は、コハクの外套を預り、店の奥に案内する。サラはコハクの後ろをついていく。
「もう出来上がっておりますよ。今日はどのようにお包みしましょうか」
机の上には、白い芍薬を中心とした大きな花束が乗っていた。
「今日は彼女に選んでもらおうと思います」
コハクはサラの肩を抱いて、自分の前に立たせた。サラは小さく礼をする。
「まぁまぁまぁ」
目を見開いた老女は、両手でサラの手をつかむと、信じられないと言った顔でコハクとサラの顔を交互に見た。
「宰相様の後ろに隠れていて気付きませんでしたわ。なんてかわいらしいお嬢さんなのかしら」
「サラと申します」
「彼女が聖教会の新しい司祭です」
「あらまぁ。ノキア様の後継者がこんなにかわいらしい女の子だなんてびっくりだわ」
変装したコハクの正体を知っていたり、コハクがすんなりとサラの素性を明かしたり、この女性は何者だろう。年齢の割には背筋も伸びていて、動きも機敏に見える。
サラが首をかしげていると、老女は手を離し流れるように礼をした。
「申し遅れました。私はマーニャと申します。以前お城に勤めておりました」
「私の昔からの知り合いです。長い間、城で女中をまとめる立場についておられました」
「今は念願のお花屋さんよ」
かわいらしくマーニャは言った。
「コハク坊っちゃんがヒスイちゃん以外の女の子を連れてくるなんて初めてだわ。しかもマリア様のお花を選ぶときなんて…」
「マーニャさん。まだその話は」
コハクが慌てて話を止める。
どうやらサラには話せない事情があるらしい。長い付き合いの二人にはいろいろあるのだろうと、サラは全く気にならない。
一方、コハクは複雑な表情でサラを見ていた。
「もうすぐ私の大切な方の月命日なのです。墓前に供える花束の包みを貴女に選んでいただきたくて、ここに来ていただきました」
その大切な方の名前がマリア様だろう。きっとあの丘でコハクが想っていた人。
「そのような大切なものをわたしが選んでよいのでしょうか」
「大切だから貴女に選んでいただきたいのです」
「…わかりました」
本当に自分で良いのだろうか…。
仕方なく頷くと、コハクは少しだけ表情を崩した。マーニャがぷっと吹き出す。
「さぁ、この中から好きな色を選んでくださいね。しきたりとかは気にしないで。あの方はかわいいものがお好きでしたからね」
マーニャは隣の机の上に広げられた包装紙を指差した。




