偶然の出会い3
「突然のことに驚いているのです。お気を悪くされたのなら申し訳ありません」
「いえ、わたしも正直驚いていますから…」
サラに帰る意志がないことがわかったのか、コハクは掴んでいた腕を離した。
「こんなところで貴女にお会いできるなんて、思ってもいませんでした」
コハクの表情が緩み、張り詰めていた空気が和らぐ。
「お久しぶりですね。お元気でしたか」
「はい、おかげさまで」
「お仕事は順調ですか」
「忙しいですが充実しています。ノキア様の書物の解読がほとんど終わったので、今はそれを元に新しい術を考えています」
「この短期間で多くの成果をあげられたのですね」
「まだまだこれからです。ようやく術に適した鉱石の目星がついたくらいですから」
サラは普通に会話ができている自分に驚いた。
「それで、今日は外出されて…」
「はい。大通りで副団長さまに声をかけていただきました」
あれほど理由もなく会うことはできないと思っていたのに、コハクの青い瞳に見つめられただけで、その不安が杞憂だったことがわかる。
「わたしも宰相さまにお会いできるとは思っていませんでした」
「貴女も…ですか」
視線がぶつかった。
不安な気持ちで見つめ合ったのは初めの数秒だけで…。
サラの手に、コハクの手が重なった。
「ずっと…」
指先が絡まる。
「会いたかった」
目を細めてコハクが囁いた。
重なった手が熱くて、気持ち良くて…。
「わたしも、お会いしたかったです」
恥ずかしいという感情はどこかへ消え去り、サラは素直な気持ちを言葉にする。
コハクは、初めは驚いたような顔をしていたが、それは次第に柔らかい笑顔へと変わっていった。
「もう、会ってくださらないのかと思っていました」
あの日のことだと、サラはすぐに理解する。
「あのときは、用事もないのに会いに行ったらご迷惑かと思って…」
「貴女のことを迷惑だなんて、断じて思いません」
「…次からは必ずご連絡いたします」
「良かった…。これで、また会える…」
コハクはサラの手を握りしめた。そっと握り返すと、コハクは蕩けるような笑みを浮かべた。
…この笑顔を他の誰にも見せないでほしい。
呆れるほど自分勝手な思いがこみ上げてきて、サラは自分でも驚いた。
「ところで、厨房でもらった菓子はどうなさいましたか? おひとりで召し上がれる量ではなかったでしょう」
「教会の皆と美味しく頂きました」
「あれは新しく城に来た者が、必ず通る通過儀礼のようなものです」
「もしかして宰相さまもご経験が?」
「ええ。子どもの頃、痩せすぎだと言われて毎日のように…」
一瞬、笑顔に影が射したように見えた。
「さぁ、せっかく陛下がくださった機会ですから、有効に使わせていただきましょう」
サラの手をとって、コハクは立ち上がった。そして、前回と同様に髪を結わえて眼鏡をかけ、黒い外套を頭から被る。金色の髪が隠れるだけでかなり目立たなくなるものだ。
「どこに行きましょうか」
突然問われ、サラは考え込む。目的の鉱石は買ったし、後は帰るだけなのだが、強いて言えば…。
「わたし、お洋服を見てみたいです」
サラの言葉に、コハクは眼鏡越しでもわかるくらいに驚いていた。
「無理をなさっていませんか? 本当に貴女が見たいものでいいのですよ」
自分でも似つかわしくない発言だとわかっているのに、改めて確認されると恥ずかしくてたまらない。
「人前に出られるようなお洋服を、少ししか持っていないのです。これから色々な方とお会いする機会も増えてきますので、いつも同じ服や神官服というわけにはいかないかと」
「ああ、なるほど」
「それに、宰相さまとお会いするときに、もっとかわいい服を着たいなって…」
うつむき加減に答えると、頭上からコハクのため息が聞こえた。恐る恐る見上げると、コハクは赤い顔で口元を押さえていた。
「どうなさいましたか。お体の具合でも…」
「違うのです。貴女があまりにもかわいらしいことを仰るから」
そこまで呟いて、コハクは顔を背けてしまう。
「それに、貴女がそういうことに興味がないと決めつけてしまった自分が情けなくて」
よくわからないが誤解は解けたようだ。サラはほっと胸を撫で下ろした。
「大通りに行けば店はたくさんあります。行きましょう」
コハクが手を差し出し、サラはその手を取る。
それが陛下に命じられた護衛のためだとしても、嬉しかった。
大通りをしばらく歩いてサラが選んだのは、淡い色使いのドレスが並ぶ、かわいらしい服飾店だった。膝丈のものが多いので、小柄なサラでも着こなせそうだ。
薄い桃色の生地に少し濃い色の花柄、水色の生地に白いぼかしの入ったもの。どれが良いか迷ってしまう。
コハクは近くの椅子に座り、興味深そうにこちらを見ていた。
「お待たせしてすみません」
「いいえ。こういう店は初めてですから楽しいですよ」
悩んだあげく、サラは花柄のドレスを選んだ。
試着室で着替えていると、手伝ってくれている女性の店員がサラにそっと耳打ちした。
「素敵な彼氏さんですね」
彼氏。
その言葉にサラは頭が真っ白になり、ぶんぶんと首を振った。
「ちっ、違いますっ」
「あら、失礼しました。とても仲が良さそうに見えたものですから。それにしても、あの方をどこかで見たことがあるような…」
「どうでしょうか。普通の…方ですけど…」
ここに長居したらコハクの正体に気付かれてしまうのではないか。サラは違った意味で動悸が激しくなった。
「お待たせしました」
カーテンを開けて外に出る。サラは小花柄のドレスの裾をつまんで、コハクの様子を伺った。
「いかがでしょうか」
コハクは小さく頷くだけで、何も言わなかった。
あまり似合っていないかと不安になる。
「素敵ですよ。彼氏さんもそう思いますよね」
「…ええ、とても」
彼氏ではないと言ったのに。
そんな店員の声を真顔で受け流し、コハクは立ち上がってサラの正面に歩み寄った。そしてサラの髪を一房とり、指を絡める。
「あまりにもかわいらしいので驚きました」
「あ…、ありがとうございます」
眼鏡でも隠しきれないほど美しい顔に至近距離で見つめられて、サラの心臓の鼓動は再び早鐘を打つ。
「次はこちらにしましょう」
コハクは先程サラが迷っていたドレスを手渡そうとする。
「これ以上お待たせするわけにはいきません。それに、早くお店を出ないと…」
そう言って受け取らずにいると、コハクはサラの耳元に顔を寄せた。
「私の正体など、知られてもかまいませんよ」
「聞こえていらしたのですか」
無理矢理ドレスを渡しながらコハクは笑う。彼氏、と言われたこと、それを否定したことも聞こえていただろうか。
サラは試着室に入り、今度はひとりで水色のドレスに着替えた。
身なりを整えるとカーテンを開けてコハクの前に立つ。
「こちらもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます」
「はじめてお会いした日の空のようです」
素敵な男性にそんな台詞を言われたら、誰だって恥ずかしくなるに決まっている。サラは急いでカーテンの奥に隠れた。
「すぐに着替えます」
サラは元の服に着替えながら、必死で頬の火照りを押さえようとする。外に出られるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。




