偶然の出会い2
セシルに連れられてたどり着いたのは比較的新しい建物で、人だかりができている正面の入り口には、飲食店を示す看板が掲げられていた。
セシルはサラを建物の裏へと誘導し、裏口の前に立っている男性に話しかけた。すぐに内側から扉が開き、サラは背中を押されるように屋内に入った。
「こちらは、以前城に勤めていた料理人が開いた店です」
高そうな装飾品が並ぶ廊下をセシルの後について歩く。ここはきっと格式の高い飲食店だ。
「わたし、こんな格好ですが大丈夫でしょうか」
不安になったサラが尋ねると、セシルは帽子を取って笑った。
「今日は貸しきりですからお気になさらないでください。理由はすぐにわかりますよ」
ひときわ豪華な扉の前でセシルは立ち止まり、ここで待つように言うと室内へ入っていった。中に誰がいるのだろうか。
サラが扉の飾りを眺めていると、すぐにセシルは戻ってきて、サラを部屋の中に招き入れた。
「失礼します」
誰がいるのかわからないので、とりあえず一番格式の高い礼をして、声がかかるのを待つ。
「ひさしぶりー。元気だった?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、奥の机に青い髪の男性と長い金色の髪の男性が座っていた。
「陛下、宰相さま…」
なぜ、ここに?
サラは驚きのあまり立ち尽くしてしまった。
「司祭様、こちらへどうぞ」
セシルに促されるまま、サラはコハクの隣に座る。
「セシル、ちゃんと説明してないの?」
後ろに控えたセシルに、アレクが笑いながら問いかける。
「申し訳ありません。失念しておりました」
悪びれる様子もなくセシルは答えた。サラはまだ現状が理解できない。隣を見上げると、コハクは堅い表情で正面を見据えていた。
「ここは僕達の知り合いの店で、これから本当の視察をするための拠点みたいな所だよ」
本当の視察?
では、先程の街歩きは何だったのか。サラは首をひねる。
「要するに、ここからお忍びで街を見て回るということです」
困っているサラに、セシルが説明する。
「この後、陛下と背格好が似た兵士を替え玉として馬車に向かわせます。人々がそちらに気をとられている間に、我々は変装して街に出る、という作戦です。城の出口は見張られていることがあるので、ここで変装しないといけないのですよ」
セシルはそう言ってサラの前に紅茶の器を置いた。
「やっぱり街の本当の姿を見るためには、身分を隠していた方がいいからね」
「直前までヒスイとご覧になっていた菓子店の一覧も、視察のためのご準備ですか?」
冷ややかなコハクの言葉に、アレクは一瞬たじろいだ。
「あ、あれは国王として街の流行を知る必要があるかなって…」
「ヒスイ様からは苺の生菓子を買ってくるように仰せつかっています」
「セシルは余計なこと言わないの」
そのやり取りが微笑ましくて、サラの頬は自然と緩む。
国王だって若い男性なのだから、多少の息抜きは必要だろう。ここまでしないと自由に街も歩けないなんて、偉い人は大変だ。
サラは器に口をつけた。紅茶には果物の薄切りが浮かんでいて、ほんのりと甘い香りが口いっぱいに広がる。
「そういえば、司祭はどうして街に来ていたの?」
急にアレクから話を振られて、サラは慌てて器を置いた。
「魔道具街に鉱石を買いに来ました」
「司祭が一人で?」
「はい。呪術の研究用の鉱石でしたから、わたしひとりの方が良いと判断しました」
「一人だって。良かったねコハク」
「なぜ私に振るのですか」
コハクはアレクを軽く睨んだが、アレクが動じる様子はない。
「私は、司祭に護衛がついた方が良いと思っています」
「護衛ってだいたい男だけど、君はそれでもいいの?」
「私はファティマ司祭が安全なら…」
不機嫌そうな顔で口をつぐむコハクの姿に、サラは居心地の悪さを感じて下を向く。暗に一人で外出したことを責められているような気がした。
「司祭様でしたら大丈夫ですよ。先程私がお声がけしたとき、あやうく魔法を放たれそうになりましたから」
セシルの穏やかな声に、サラは思わず顔を上げた。
外から見えないように鞄の中で杖を構えていたのだが、副団長にはすべてお見通しだったようだ。
「ごめんなさい。副団長さまだと気付きませんでした」
「凍らされる前に気が付いてよかったね」
アレクは声を出して笑った。
「じゃあこうしよう。僕とセシルは二人でヒスイのお使い…じゃなくて視察に行ってくるから、コハクは司祭の護衛をすること」
「陛下、私は…」
「僕の護衛にはセシルがいれば十分だよ。それに、でかい男が三人で歩いていたら目立つでしょ」
「…承知いたしました」
一礼したコハクの顔からは表情が消えていた。
サラは呼吸ができなくなるほどの息苦しさを覚えた。そして、アレクが国王ということも忘れて、思わず口を挟んでしまう。
「宰相さまに護衛していただくなんて恐れ多いこと、わたしは結構です」
コハクがこちらを見たのがわかった。不敬な態度を咎められるのかと思ったが、彼は何も言わなかった。
アレクは不適な笑みを浮かべた。
「司祭は何も気にしなくていいんだよ。大きな荷物持ちだと思ってこき使っちゃっていいからね」
国王にそこまで言われてしまうと、サラは黙って頷くことしかできなくなる。
「陛下、そろそろ行きませんか? 頼まれた菓子が売り切れてしまったら、我々の命が危ないです」
「そうだね。行こう、セシル」
演技がかったやり取りをしながら、アレクとセシルが出ていった。
広い室内に、サラとコハクだけが取り残される。
隣を見ると、コハクは怒っているのか悲しんでいるのかよく分からない顔で頭を抱えていた。
どうしよう、やっぱり迷惑だったのだ。それに、国王に口答えしたことを怒っているのかもしれない。
サラは椅子から立ち上がった。
「わたし…、帰ります」
そう言って踵を返そうとしたとき、突然腕を掴まれた。
驚いてコハクを見ると、彼は憂いを帯びた眼差しでサラを見つめ、ゆっくりと首を振った。
その手はとても熱くて、サラの体から力が抜けていく。
サラは崩れ落ちるように椅子に座り直した。




