偶然の出会い1
その日、サラは魔道具街にある鉱石の店に向かっていた。
前司祭の書物の解読が順調に進み、サラは暗号の解読と平行して、呪術を察知する機能をもった魔道具の製作に取りかかることにした。今日の外出は、その媒体となる鉱石を探すのが目的だ。
サラはいくつかの店を回り、紅玉や柘榴石などの赤い鉱石を買い込んだ。
最後の店を出たサラの視界が、遠くの高い建物を捉える。先日行った薬草の店だ。
時間はまだ昼過ぎで、帰るにはまだ早い。サラは少しだけ街を散策することにした。
サラは魔道具街の目抜き通りではなく、あえて一本それた脇道を選び、大通りへ向かう。
あの日、コハクと手を繋いで歩いた道を一人で歩きたくなかったのだ。
大通りに出て少し歩くと、周囲に若い男女の姿が増えてきた。若者向けの店も多くなってきた。聖王国の中心というだけあって、どの店も華やかで賑わっている。
今日は鉱石だけを買うつもりだったから、サラはくすんだ桃色の一枚布のドレスを着ていた。膝丈で動きやすいので、乱雑に物が置かれた店でも引っ掛からないと思ってこれを選んだのだが…。
「もう少しおしゃれをした方がいいのかしら」
洋服屋の硝子窓の前でサラはため息をつく。
硝子窓の奥には華やかなドレスが並んでいて、店内にいるのはサラとさほど歳の変わらない女の子ばかりだ。
学生の頃と違い、今のサラには経済的な余裕がある。城に行く機会や、人に会う機会も増えるだろう。失礼にあたらないように、ある程度は着飾らないといけないこともわかっている。
ただ、孤児院でのつつましやかな生活を思い出すとどうしても踏ん切りがつかなかった。
何回目かのため息をついたところで、サラは周囲の様子がおかしいことに気が付いた。老若男女問わず多くの人々が大通りに集まってきて、そわそわと落ち着かない様子でその場に留まっている。
サラは周囲の人々の会話に耳を傾けた。
「国王陛下が街に下りてきている」
「街を視察されている」
「もうすぐこの道を通るそうだ」
彼らは国王を一目見ようと、ここで待ち構えているようだ。彼らほど国王に興味のないサラは、ここから立ち去ることにする。
サラは人混みをかきわけて大通りから抜け出そうとしたが、集まってくる人のあまりの多さに脱出を断念せざるを得ない。諦めて人の波に流されているうちに、いつの間にか人垣の前の方に立っていた。
突然周りの女の子たちが騒ぎ出したので、サラも女の子たちの視線の先を覗いてみることにした。
「あっ…」
大通りの真ん中をアレクとコハクが歩いていた。
赤い飾りの付いた衣装を着たアレクは、取り囲む人々に笑顔で手を振り、白いローブをまとったコハクがその斜め後ろに付き従っている。コハクは人形のように整った顔から鋭い眼を光らせ、周囲の人々がアレクに近寄らないよう牽制していた。
アレクとコハクが視線を送った方向からは女子の黄色い悲鳴があがり、サラは彼らの人気を目の当たりにする。
アレクがコハクに何か話しかけた。コハクは奥の通りを指差して何やら説明をしているようだ。アレクが頷くと、コハクは流れるように優美な動作で一礼する。そして二人は局地的な喧騒を引き連れて、人垣の向こうに消えていった。
嵐のような時間だった。
サラの周りの女の子たちが興奮している。国王陛下がかわいい、宰相閣下が美しすぎる、そのような俗な言葉が勝手に耳に入ってくる。女の子たちにとっては、国王と宰相なんて流行りの舞台役者と同じような存在のようだ。
遠くから憧れているだけの方が楽なのに、自分が立っているのはどちらつかずの中途半端な場所だ。
それでも、一瞬でもコハクの姿を見ることができたことは純粋に嬉しかった。
そんな満たされた気持ちで教会に帰ろうとしたときだった。
「司祭様」
後ろから急に声をかけられて、サラは飛び上がるほど驚いた。
恐る恐る振り返ると、帽子を目深にかぶり、外套の襟で口元を覆っている背の高い男性が立っていた。
「…どなたでしょうか」
サラのことを司祭だと知っている人の中に、こんなにくだけた服装の男性はいないはずだ。
サラは鞄に手を入れて中の杖を握りしめた。すぐに魔法を放てるように構えたとき、その男性は帽子をとって人の良さそうな笑みを浮かべた。
「副団長さま」
「驚かせてしまって申し訳ありません。ここは人が多すぎますから、どうぞこちらへ」
サラはセシルに誘導されて、人目の少ない裏道に入る。
「雑踏に紛れて、陛下に害をなす不届き者がいた場合に備えて、目立たないように平服で動いておりました」
「では、ヒスイさまもどこかにいらっしゃるのですか?」
「ヒスイ様は目立ちすぎるので、今日は留守番です」
「…確かにあの方は人目を引きますね」
サラは背の高い金髪の美女が人混みの中で仁王立ちしている姿を想像して、思わず笑ってしまった。
「司祭様は、今日はお一人で街へいらしたのですか」
「はい。買い物を済ませて、これから帰るところです」
「それなら、まだお時間はありますか? 司祭様にお越しいただきたい所があるのです」
穏やかな笑みを浮かべたままでセシルが言った。
よくわからないが用事は済んでいる。サラはとりあえず頷いてみることにした。




