サラからのお返し
「この度は急なお願いを聞いてくださって、ありがとうございます」
「…わたしにできることをしただけです」
型通りの礼に、型通りの答えを返して、サラは下を向いてしまった。
自分の執務室だというのに居心地が悪い。
コハクは気分を変えようと、窓辺に立って外の景色を眺めることにした。遠くに見える薄紅色の丘は、日毎に鮮やかさを増していくようだ。
仕事で初対面の女性と話す機会は多いし、話題ならいくらでも浮かんでくる。しかし、個人的にはできるだけ女性と二人きりになるのを避けてきたからか、今は何を話せば良いのか全く思い付かなかった。
横目でサラの様子を伺う。彼女も居心地が悪そうな顔で鞄を抱いていた。その心細そうな姿に、仕事とはいえ気の毒になってしまう。
いや…、そもそも彼女は仕事で来ているのだから、個人的な会話は不要ではないか。そんな簡単なことに気が付かないなんて、やはり体調が悪いのかもしれない。
まずは今日の仕事を滞りなく済ませよう。薄紅色の丘に向かって決心したときだった。
「宰相さま」
後ろから小さな声が聞こえた。振り向くと、サラが胸に何かを抱えて立っていた。何の用事かと思って見ていると、サラはコハクに向かって両手を差し出した。
「先日は、素敵なお花をありがとうございました。これはいろいろとお気遣いいただいたお礼です」
サラから手渡されたのは、小さな白い紙袋だった。手のひらほどの袋は、大きさのわりにとても軽く、何が入っているのか想像することは不可能だった。
「開けてもいいですか?」
コハクの問いに、サラは小さく頷く。
薄紫の平紐をほどくと、中には茶色く乾燥した植物の葉が入っていた。それが紅茶の葉であることはすぐにわかったが、紅茶にしては甘い香りがする。どこかで嗅いだことがあるような…
「この甘い香りは何でしょうか」
「ごめんなさい。分かりにくいですよね」
コハクが尋ねると、サラは恥ずかしそうにうつむいた。
「それは、先日いただいたお花の花びらを乾燥させて、紅茶の葉と混ぜたものです」
「ああ、あの花の香りだったのですね」
サラは下を向いたまま頷いた。よく見ると、茶色の葉の中に所々赤い物が混ざっている。
「いただいた植物を分析したら、花びらの香りに安眠効果があることがわかりました。それに少し魔法をかけて効果を高めてあります。夜、お休みの前に飲んでいただければ、いつもよりお疲れも取れるかと…」
「私のために作ってくださったのですか?」
「はい。お口に合うかどうかわかりませんが、宰相さまはきっと毎日お忙しいでしょうから、少しでもお役に立てればと思って…」
そこまで説明して、サラは両手で顔を覆って下を向いた。柔らかそうな髪の間から見え隠れする耳が赤く染まっている。
コハクは改めてサラからの贈り物を眺めた。
もともと物欲に乏しいというのもあったと思う。今まで女性から高価な物品を贈られたことは多々あったが、賄賂なのか下心なのかが不明のため、コハクは何一つも受け取らずに送り返していた。
だから、これは受け取って良いものだろうかと、知らず知らずのうちに考えてしまう。
…毎日お忙しいでしょうから、少しでもお役に立てれば…
サラの言葉を頭の中で繰り返す。
自作の茶葉など賄賂にはならないし、毒物の気配もない。
断るための項目を消去していくのは、サラが自分のことを思って用意してくれたものを返すなんてありえないとわかっているからだ。
コハクは手の中の包みをそっと握りしめた。恋人の有無などは、どうでもよくなっていた。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「良かった。」
「ええ。これは私の大切な人が好きだった花です。すぐに枯れてしまう花でも、これなら長い時間楽しむことができますね」
サラは顔を上げた。コハクが笑いかけると、サラは安堵したように微笑む。
「わたし、男の人から物をいただいたことも、お礼に何か差し上げることも初めてで、何が良いか全然わかりませんでした。ですから宰相さまに喜んでいただけて本当に嬉しいです」
両手を胸にあてて、恥ずかしそうにサラが言った。
「はじめて、ですか…」
一方、コハクは頭が真っ白になっていた。
恋人がいるのではなかったのか? こんなにかわいらしい少女を、ステイシアの男達は放っておいたというのか?
…まさか、これも社交辞令だというのか。
混乱のあまり、普段なら絶対にしないであろう質問が口をついて出てきてしまう。
「司祭は故郷に恋人はいらっしゃらないのですか?」
サラは一瞬戸惑うような表情を見せた。
しまったと思ったがもう遅い。個人的な詮索などするべきではないと頭ではわかっているのに、なぜか押さえきれなかった。
しばらく考えてから、サラは口を開く。
「おりません。わたしは孤児院でも学校でも勉強ばかりしていて、男の人と接することはほとんどありませんでしたから。…わたし、どこか変でしたか?」
「違います。そうではなくて…」
心臓の鼓動が早くなった。諦めようとしていた想いが、急激に質量を増していく。
それと同時に、お前は国家や王家に一生を捧げると誓ったではないか。他の事に目を向ける資格などないだろうと、冷酷な心の一部分も主張をし始めた。
似たような境遇に勝手に自分を重ねて、彼女の言動を都合よく解釈しているだけではないか。そんな声も頭に響いた。
一体、私はどうしたいのだろうか。
コハクが混乱する頭を切り替えようと、もう一度包みを握りしめたとき…。
「お待たせしましたー」
執務室に能天気な妹の声が響いた。




