貴族のふるまい
魔道具が完成したという連絡を受けて、コハクは騎士団の詰所に向かっていた。
歩きながら浮かんでくるのはサラのことばかりだった。
急を要する事態だったとはいえ、体の弱い彼女に無理をさせてしまったのではないか。体調を崩してはいないだろうか。
初日の失敗の後ろめたさからの余計な心配だというのはわかっているのだが、どうしても考えるのをやめられなかった。
コルテアの件が発覚した後、コハクはアレクの指示通りヒスイに連絡を取り、今後の対策を相談した。教会に使者としてヒスイを送ることや、暗号で連絡を取ることなどはすべてコハクの発案だ。もちろん、余計なことを言わないよう釘を刺すのも忘れなかった。
「思っていたよりも、ずっとかわいらしい子だったわ。司祭だって言われても誰も信じないでしょうね」
「彼女は、魔導師としては一流ですよ」
「そうらしいわね。陛下も同じ事を仰っていたわ」
隣を歩くヒスイは、軽鎧に細身の剣を下げているた。私的な面会という設定によるものだが、自分の方こそ最高位の騎士に見えていないという自覚はあるのだろうか。
「…本当に余計な事は言っていないでしょうね」
「言ってないわよ。それどころか、城に来るときには兄様に会ってあげてねってお願いしておいたからね。感謝してよね」
ヒスイの自信に満ちあふれた発言に、コハクは頭を抱える。きっとアレクの入れ知恵だ。
「あげてね、ではありません。それが余計なのですよ」
「兄様は、親切って言葉をご存じかしら」
「余計な親切というものは、おせっかいと呼ぶのですよ」
「あら。人の厚意はありがたくうけとるものよ」
ヒスイはいたずらを咎められた子どものように舌を出した。
「だって、会いたいんでしょ」
「それは…、司祭の体調が気になりますから」
「ふーん。素直じゃないわね」
素直であることと、分別がつかないことは違う。こちらにも立場というものがあるのだ。
「私は彼女が変に意識をせず、普通に接してくれるのが有難いのです。本当に余計なことをしないでください」
「ああ、陛下も仰っていたわ。あそこまでコハクを意識しないなんて、故郷に恋人でもいるんじゃないかって」
「えっ?」
その可能性は考えていなかった。それならば、極力頼られないこと、普通以上に距離を取られること、両方とも納得できる。
そうか…、そういうことか…。
妙にすっきりとした気分になったのと同時に、少しの息苦しさを感じる。…風邪をひいたのかもしれない。
コハクが詰所に着くのとほぼ同時に、馬車が到着した。
扉が開き、セシルが先に客車を出る。設置された階段を途中まで降りると、流れるような動作で中の人物に手を差し出した。ゆっくりとその手を取り、サラが姿を現す。
サラは薄緑色の飾り気のないドレスを着て、小さな白い鞄を斜めにかけていた。神官服以外を着ている姿を見るのは初めてだ。
サラは付き添われて階段を降りるのには慣れていない様子で、何度か姿勢を崩しそうになるが、その度にセシルがうまく支えて転倒を防いでいる。
恥ずかしそうにうつむくサラと、穏やかに微笑むセシルは、まるで初々しい恋人同士のように見えた。
また、呼吸が苦しくなる。
今夜は早めに床についた方が良さそうだ。
「さすがセシル。侯爵家の三男っていうのは伊達じゃないわね」
感心した様子でヒスイが言う。
「ひとつひとつの動作が絵になりますね」
「兄様だってやればできると思うけど」
「私が何をやるというのですか」
「次は兄様がサラさんを迎えにいけばいいじゃない」
「なぜ私が…」
「気になるんでしょ。あの二人お似合いだもんね」
「違いますよ。私は司祭の体調が…」
…やめておこう。生意気な妹とは話し合うだけ時間の無駄だ。
コハクが黙りこむと、ヒスイはその肩を軽く叩いて笑った。
「安心して。セシルはどんな女性に対しても同じ調子だから」
「…すごいですね」
「私にはやらないけどね」
「女性と思われてないのでしょう」
コハクの精一杯の嫌みだったが、ヒスイはそれを鼻で笑う。
「兄様はそういうところが駄目なのよ。これじゃあサラさんに振り向いてもらえないわよ」
「必要ありません」
「あと、考え事してるとき、すっごく怖い顔になるのもダメね」
「余計なお世話です」
くだらない言い争いをしている間に、サラがこちらに気が付いた。ヒスイが手を振ると、サラは小さく会釈を返す。
「忙しいのにありがとう。薬が足りなくて困っていたから助かるわ」
「いえ、お役に立ててうれしいです」
周囲を行き交う兵士の数はまばらだ。それでも用心するに越したことはない。
「私とセシルはこの箱を倉庫に運んでから執務室に行くから、サラさんは兄様と先に行って待ってて」
「はい、ヒスイさま」
サラは笑顔で返事をした。この二人、一回しか会っていないはずなのに、随分と打ち解けているではないか。
「兄様、またあとでね」
ヒスイは箱を持ったセシルを伴って倉庫の方向へ消えていった。
そして、二人だけが取り残される。急に場の空気が重くなったような気がして、コハクは慌てて口を開く。
「お久しぶりです。お元気でしたか」
一週間ぶりの挨拶は、「久しぶり」で良かったのだろうか…。
「はい、宰相さまもお変わりなく…」
サラはコハクを見上げた。透き通るような白い肌に、唇に引いた淡い桃色の紅がよく似合っている。頬の赤みは化粧によるものか否か、それすらコハクには見分けがつかなかった。
…何を話せばいいのか、まったくわからない。
サラも口をつぐんでしまったので、二人はしばらくの間、意味もなく見つめ合うことになった。
心細くてたまらない。そんな様子に息苦しさが増していく。
先に目を逸らしたのはコハクだった。
「私達も行きましょうか」
サラはコハクと目を合わせずに頷いた。




