司祭の仕事
ヒスイの話を聞いてから五日後の朝、頼んでいた水晶が届けられた。
サラは神官長にのみ、アレクから極秘の依頼があったことを説明した。そのため、神官としての仕事をできるだけ減らしてもらったので、自室に籠って術の準備に集中することができる。
ニーナは別の仕事を与えられ、しばらくサラの部屋に近づくことはない。神官長曰く「よくあること」で、サラの仕事が終われば、ニーナはまた戻ってくるそうだ。
神官長の部屋で朝食を済ませ、サラは大聖堂に向かった。朝の祈りは司祭としての儀式だから省略することはできない。前司祭のノキアは礼拝すら自室で行うことも多かったという。
そういえば、ノキアの遺した書物の中に操作系の術に関する記述があったような…。時間ができたら見返してみよう。
サラは朝の祈りを終え、自室に戻った。鍵を開け、部屋に張った結界の様子を見て、誰も入っていないことを確認する。
机の上には計算し終えた術の下書きが広げてあった。
サラはその横に届いたばかりの水晶を置き、深呼吸する。
「よし、がんばろう」
自分を鼓舞するように両頬を叩いて、サラは机に向かった。
左手に乗せた水晶に向けて、軽く杖を振る。頭の中に描いた紋様を杖の先から送り込むように、意識を集中させる。額と指先から魔力が流れていく。最後まで集中力を切らさずに、紋様は詳細まではっきりと思い浮かべることが大切だ。
十分ほどかけて、ようやく一つ目の魔道具が完成した。サラは軽い頭痛を感じて目を閉じる。かける術が多かったからか、思っていたよりも魔力を消費したようだ。大きく肩で息をして、あらかじめ用意しておいた栄養剤を口に含む。しばらく休めば魔力も戻るはずだ。
サラはベッドに倒れこみ、天井を仰いだ。
水晶はあと四つ。明日中には完成できるだろう。
翌日、順調に四個目の魔道具を完成させたサラは、休憩を兼ねて気分転換に薬草畑を散歩していた。
コハクからもらったマリアンナの花は、花びらと根に分解して乾燥させている。魔法で調べたところ、根には強い解熱効果があるが、葉と茎には薬効と呼べるほどの効果はないことがわかった。加えて、花びら自体に薬効はないが、香りには鎮静と安眠の効果があることもわかった。
サラは散策がてら、この植物に合う植物を探すことにした。
花びらは紅茶か薬草茶に合わせるとして、根は同じ効果を重ねるか、それとも頭痛など他の効果と合わせるか悩ましいところだ。
あれこれ考えながら歩いていると、遠くからサラを呼ぶ声が聞こえてきた。声のする方向を見ると、たくさんの本を抱えたニーナが手を振っていた。
「サラ様、もう秘密のお仕事は終わったんですか?」
「今日中には終わると思います」
「こちらには薬草探しで来られたのですか? …って、聞いちゃいけないんだった」
ニーナは気まずそうな顔になる。
「大丈夫ですよ。気分転換に薬草を取りに来ただけですから」
「何か作られるんですか」
「宰相さまからお花をいただいたから、そのお礼に何かできないかと思って」
「えええええー!」
大声をあげて、ニーナが後ずさった。何か盛大に勘違いされてしまったような気がする。
「宰相様からお花なんて、サラ様、すごいじゃないですか!」
「…たぶん、あなたが想像しているものとは違うと思います」
「え?」
「お城の敷地に咲いていた珍しいお花を、根っこごとひき抜いてくださったのよ」
「…サラ様、それってあたしはあんまりときめかないです」
「ですから、想像と違うと言ったでしょう」
年頃の女の子が憧れるような状況でないことは、サラにだって理解できる。しかし、薬にするなら花びらより根の方が役に立つことが多い。少なくともサラにとっては嬉しい贈り物だった。
「それで何をお返しするんですか?」
「わたし、このようなことは初めてだから、何が良いかわからなくて困っているのです」
「じゃあ一緒に考えましょう!」
それから一時間ほど相談して、マリアンナの花びらを紅茶に合わせ、魔法で少しだけ手を加えたものを渡すことになった。包装に必要な物は、ニーナが用意して神官長に渡しておいてくれるそうだ。ちょうど街に出る用事があるらしい。
「じゃあ、行ってきますね」
「よろしくお願いします」
跳ねるように駆けていく背中を見送って、サラは自室に戻った。時計を見て、思っていたよりも時間が過ぎていたことに驚く。しかし、同世代の女の子とあのような話をしたのは初めての経験で、決して無駄な時間を過ごしたとは思えなかった。
気分転換が効を奏したのか、最後の魔道具はすぐに完成した。体への負担も少ない。
サラはすべての魔道具について、術の間違いがないかを細かく確認する。
大丈夫、完璧だ。
安堵のため息をついて、サラは机に突っ伏した。お行儀は悪いが、どうせ誰もこの部屋には入れない。サラはそのまま夕方まで休むことにした。
翌朝、サラはニーナに頼んで、城へお使いに行ってもらった。ヒスイ宛の手紙には、頼まれていた薬品が完成したので届けたいと記してある。すべて事前に打ち合わせた暗号だ。
準備をして待っていると、すぐにニーナが帰ってきた。荷物を受け取りに来た騎士団の馬車に乗ってきたそうだ。
神官長と共に通用口に向かうと、見覚えのある騎士が立っていた。聖都の検問で会った副団長だ。
「司祭様、おはようございます」
セシルはあの日と同じ人の良さそうな笑みを浮かべ、軽く敬礼をした。ヒスイとは違った意味で騎士には見えない人だ。
サラは傍らに置いた木の箱の蓋を開けた。薬草独特の青い臭いが広がった。上に並んでいる薬草の束は見せかけで、その下に一つずつ布でくるんだ魔道具が隠されている。
「こちらでよろしいでしょうか」
「はい。間違いありません。急にお願いして申し訳ありませんでした」
箱を受け取り、セシルが言う。
「司祭様、うちの団長が今回のお礼をしたいと申しております。よろしければ今から城に来ていただけませんか」
「…ありがたいお話ですが」
わざとらしく神官長を見る。これも打ち合わせ済みの行動だ。
「折角のお誘いだから行ってらっしゃい。ニーナ、準備をしてあげて」
「はい。サラ様、行きましょう」
ニーナを騙してしまう形になるが、仕方がない。サラは神官長に一礼すると、ニーナと部屋に戻った。
私的な外出という設定のため、今日は神官服ではなく外出用の膝丈のドレスを選んだ。斜めかけの小さな鞄には、身の回りの小物といっしょに杖を忍ばせる。
「サラ様、お城に行くんですから、これをお持ちになってくださいね」
ニーナに手渡されたのは、昨夜作った紅茶の包みだった。
「喜んでいただけるといいですね」
「…そうね」
そもそも渡す機会などあるだろうか。それに、こんなものをもらっても迷惑ではないだろうか。
…急に不安になってきた。
「楽しんできてくださいね」
笑顔で送り出されたが、サラの胸中は複雑だった。




