城からの使い2
「滅ぼした…とは」
予想外の答えに、サラの理解が追い付かなかった。
「ええ、陛下と私の兄の二人でね」
ヒスイは脚を組み替えた。
十二年前といえば、陛下はまだ子どもと呼ばれる年齢のはずだし、ヒスイの兄という人物も相当若かったのではないだろうか。
「この辺りの話は長くなるからまた今度ね。とにかく、滅びた国を再興しようとする連中が、ちょっかいを出してきたというわけ。黒い服と赤い耳飾りは奴等の象徴よ」
「それで、宰相さまが特徴をお聞きになられたのですね」
「たぶんそうでしょうね。あいつら人数は多くないんだけど、やることが陰湿なのよ。ねちねちと思念の入った石を置いてみたり、地味に虫を操って飛ばしてきたり」
結界に弾かれた虫も彼らの仕業だったということか。魔法で操られていたなら結界にひっかかったことも納得できる。
「石や虫は、これからやるぞっていう宣戦布告だと思うんだけど、これからどんな手段で来るかはわからないのよね。だから、新しい結界を早く作ってもらいたいのよ」
ヒスイの言葉に頷きながら、サラにはひとつ気になっていることがあった。
「あの…、お聞きしたいことがあるのですが」
「はいはい、何でしょう」
「王家が断絶したはずなのに、真の皇帝を迎えるとはどういうことでしょうか」
「あ…、気付いちゃった?」
ヒスイは一目でわかる気まずい顔をした。
皇族に名を連ねる者が生きているのなら、それは断絶したとは言わない。血筋によらず即位できるのなら勝手に誰か擁立すればいいわけで、アレクディア城を攻撃する必要はない。
「まぁ、こっちにもいろいろと事情があってね。相手も再興の旗印として、象徴となるものが必要なのよ」
あからさまにごまかされてしまった。きっとサラが踏み込まない方が良いことなのだろう。
サラは声を出さず、首を縦に振る。ヒスイは満足げに赤い唇の端を上げた。
「物わかりが良くて助かるわ」
「いいえ…」
「あなたにできる範囲でいいから、私達に協力してくれる?」
国家機密を聞いてしまった後に断ることなどできるわけがない。こんな事件に関わるなんて一月前のサラには想像もつかないことだった。サラは軽い目眩を覚える。
「良かったわ。他の仕事もあるのに申し訳ないけど、よろしくね」
ヒスイは立ち上がってサラの肩をぽんぽんと叩くと、その手を置いたままサラの顔を覗きこんだ。
「それにしても…」
「な、なんでしょうか」
絵画の被写体のような美しい女性に至近距離から見つめられて、思わず後ずさってしまう。
「新しい司祭様がこんなにかわいらしい女の子だったなんて、兄様も隅におけないわね」
「あの…、先程から仰っているお兄様って…」
「あら、気付いてなかったの?」
ヒスイはわざとらしく背筋を伸ばすと、再び敬礼した。
「宰相のコハクの妹、ヒスイです。先日は兄がご迷惑をおかけしました。同じ名字だし、すぐにわかると思ったんだけどな」
初日の執務室でのやり取りは、緊張しすぎていてあまり覚えていない。更に、宰相を名前で呼ぶことなどありえないので、とっさに思い出すことができなかった。
ヒスイの顔に対する既視感は、コハクと似ていたためだったのだ。この国ではあまり見かけない美しい金色の髪も、兄妹であることを主張していた。
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいのよ。新しいことがいっぱいあったものね」
ヒスイはソファーに座り直して、優しい笑みを浮かべた。
「それで、サラさんは兄をどう思う?」
唐突に尋ねられ、サラはまた答えに窮する。
コハクには優しくしてもらったが、まだ三回しか会ったことがないわけで、どう思うと聞かれても…。
「素敵な方だと思います」
とりあえず当たり障りのない答えを返す。
ヒスイは難しい顔をした。
「んー。もっと頑張らないとだめそうね」
「ヒスイさま?」
「何でもない、こっちの話よ。じゃあ用件も済んだし、城に帰るわ」
ヒスイは立ち上がり、腰の剣の位置を整えた。ローブを手に取り、軽く肩にかける。その仕草のすべてが優雅で、サラは思わず見とれてしまった。
扉に向かっていたヒスイが、ふいに立ち止まった。
「兄は、見た目と頭は良いのだけどね。鈍感だし、気が利かないし、とにかく女性の扱いがわかっていないのよ。でも、悪い奴ではないから、迷惑でなければ兄と仲良くしてあげてね」
「仲良くだなんて恐れ多いです」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。まぁ、城に行く用事があったら、ついでに会ってあげてねってことよ」
「…はい」
「もし、兄が失礼なことをしたら、すぐに私に言うのよ。とっちめてやるから」
…用事がないのに会えるような立場の人ではないと思うのだが。
「じゃあ、またね」
ヒスイは親しい友人にするように、手を振って帰っていった。
自室に戻ったサラは、寝台に倒れこんだ。まだ頭の中が整理できていない。仰向けになったまま、先程の手紙を取り出して熟読する。
これらの術をすべて防ぐような結界を…。
魔法の構造式を思い浮かべると、少しだけ冷静になれた。
水晶が届く前にできるのは、術の構築を考えること。小さな水晶にたくさんの機能を詰め込むためには工夫が必要だ。
サラは起き上がり、机に向かった。




