城からの使い1
その日、サラは朝から教会裏の薬草畑で作業をしていた。
教会の敷地の中には治療院がある。この国では大きな怪我をすると、まず治癒魔法で傷を修復し、必要に応じて感染症を防ぐ薬を服用するのが一般的だ。病気の場合は治癒魔法と薬を併用して治療する。そのため、教会の敷地内には、薬草畑と経過観察のための入院設備も整っていた。
サラが聖都に来て二週間以上が過ぎ、教会の主要な施設の見学はほぼ終了した。
神官長の勧めもあり、今日は気分転換を兼ねて一日中薬草畑で過ごすことにした。植えられている薬草の種類を把握するため、サラは図鑑を片手に畑を歩く。気候の違いからか、ここにある薬草の半分はサラが図鑑でしか見たことのないものだった。
ニーナは遠くの日陰にしゃがみこんで、ぷちぷちと雑草を抜いていた。見るからに退屈そうだ。
サラの視線に気が付いたのか、ニーナが立ち上がって手を振った。
「サラ様ー、楽しいですかー?」
「ええ、とっても」
「それはよかったですねー」
「あなたはどうですか」
「最高に楽しいですー」
少しも楽しくなさそうなニーナの様子に、サラは孤児院の弟妹たちを思い出した。自然と笑みがこぼれる。だからついてこなくていいと言ったのに…。
「先に戻っていただいてもかまいませんよ」
「それはできません。あたし、サラ様付きの神官見習いですもの」
ニーナはよく働く気立ての良い娘だが、一ヶ所でずっと同じ作業をするのは好きではない。本人曰く、「おしりがむずむずしてくる」とのこと。集中すると何時間でも同じ姿勢でいられるサラには理解できない感覚だ。
「では、そろそろお茶の時間にしましょう」
「いつもの時間より少し早いけど、いいんですか?」
「ええ、準備をお願いできますか」
「あたし、お茶とお菓子を取ってきます!」
急に元気になったニーナは、大聖堂のある建物に向かって走っていく。やはり孤児院の弟妹たちと同じような反応だった。
一人になったサラは、立ち上がって周囲を見渡した。心地よい風が吹き抜け、植物の青い匂いを運んでくる。ここは良い畑だった。この季節に育つあらゆる薬草が植えてあり、とても丁寧に世話をされているようだ。
教会の人々は皆、とても親切にしてくれる。司祭とは名ばかりで、右も左もわからないサラに対して、本当に優しく接してくれるのだ。
皆のためにも、早く一人前の司祭になりたいと思う。手の傷は消えたが、二度と昨日のような失敗をしないように、もっと勉強して努力しないと。
そして、次こそは宰相さまに迷惑をかけないようにしよう。
サラは、近寄りがたいと思っていたコハクが時折見せた優しい眼差しを思い出し、決意を新たにする。
帰りたい、なんてもう言わない。
わたしの居場所はここにしかないのだから…。
その知らせが届いたのは、午後の作業を終え、自室に戻ろうとしたときだった。
「サラ様、お城から使いの方がいらしているそうです」
「…すぐに着替えて向かうとお伝えください」
今日誰かが来るという話は聞いていない。魔道具に何かあったのだろうか。それとも、二日前の黒曜石の件だろうか。
あれこれ想像しながら、サラは土で汚れた服を脱いで簡素な神官服を身に纏う。ニーナに髪をとかしてもらいながら荒れた指先に香油を塗り込んで、準備を整えた。
深呼吸をしてから、サラは応接室の扉に手をかけた。
「お待たせしました。司祭のサラ・ファティマと申します」
入室してすぐに、サラは膝を折って丁寧にお辞儀をする。
来客用の長椅子には、女性が一人座っていた。長い金色の髪を高いところでひとつに束ねた、華やかな雰囲気の美しい女性だった。
「初めまして。王立騎士団長のヒスイ・エンジュです。今日は国王の代理として来ました」
ヒスイは立ち上がって敬礼をした。爪に塗られた赤い染料がよく似合っている。
女性にしてはかなり背が高い。鎧は身につけておらず、腰に下げている細身の剣がなければ誰も騎士だとは思わないだろう。
聖都の検問で会った、セシルという騎士の上官にあたる人か。
それにしても、この人をどこかで見たことがあるような気がするのだが、サラの思い違いだろうか。
型通りの礼を済ますと、ヒスイは長く息を吐いて椅子に座り直した。長い足を組み、サラを見ていたずらっぽく笑う。
「堅苦しいのは苦手なの。サラさん、とお呼びしていいかしら」
突然、場の空気が和やかなものに変わった。サラにはヒスイの提案を断る理由はない。
「はい。そちらの方が嬉しいです」
「私のこともヒスイでいいから。間違っても騎士団長なんて呼ばないでね。湿疹がでちゃうから」
ヒスイはそう言って、紅を引いた唇を尖らせた。
「はい、ヒスイさま」
「うーん、まぁそれでいいかな」
さすがに騎士団長を呼び捨てにはできない。
サラの返答にヒスイは一応は満足したようで、紅茶を一口飲むと艶やかな笑みを浮かべた。
「さて、陛下からの依頼なんだけどね。簡単に言うと、サラさんに新しい魔道具をできるだけ早く作ってほしいってことなの」
「はい」
「早く水晶が届くように、宰相の名前で業者に依頼しておいたから、遅くとも一週間以内にはこちらに届けられると思うわ。他の仕事もあるだろうけど、最優先でこの仕様書にあるような魔道具を作っていただけるかしら」
ヒスイは懐から封筒を取り出し、サラに手渡した。
「陛下からよ。書いたのは宰相だけど」
中の紙を広げると、几帳面に整った字が隙間なくびっしりと並んでいた。よく見ると、魔道具が結界を構成する上で警戒すべき事柄が箇条書きにされている。
「ずいぶん具体的ですね」
「結界を壊そうとする連中の出所がわかっているからね。だいたいの方法はわかるのよ」
サラは書かれた項目を指でなぞる。虫や動物を操る術、眠った人を操る術。他にも操作系の術が並んでいる。どれもサラが扱ったことのない魔法ばかりだ。
「今から話す内容は、国家機密よ。誰にも言わないでね」
ヒスイは声を潜めた。
「…はい」
国家機密という言葉に怯んでしまったが、聞かないという選択肢は存在しない。
「サラさんは、コルテア国って知ってる?」
長い脚を組み、ヒスイが言った。
「この大陸の東にある島国ですよね」
サラは世界地図を思い浮かべる。アレクディアやステイシアのある大陸に対して、コルテアは海を挟んだ東側にあったはず。
「正確には、東にあった島国よ」
「どういうことですか」
「コルテアの王家は十二年前に断絶したの。コルテアの領土は今はアレクディアが管理しているの」
「…全く存じ上げませんでした」
サラが学校で習ったのは、東にコルテアという国があるということと、閉鎖的な独裁国家でほとんど情報が外部に漏れてこないということだけだった。
「当然よ。外部に出していない情報だもの」
「そんなことが、あるのですか…」
王家が断絶するなんて大事件ではないか。いくら閉鎖的な国だからといって、その情報が外部に漏れ出さないなんてことはあるのだろうか。そして、なぜヒスイが知っているのだろうか。
サラが首をかしげていると、ヒスイは人差し指を口にあてて笑った。
「そんなの簡単。滅ぼした人を知っているからよ」




