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宰相閣下の宝物  作者: 半崎ゆま
その後のおはなし
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微熱3

「おまたせしました」


 木の盆に白い器を乗せ、サラが歩いてきた。


「熱冷ましのお薬です」


 白い器には黄緑色の液体が入っている。


「ありがとうございます」


 起き上がり、器を受け取ろうとすると、サラは小さく首を振った。


「わたしが」


 どういうことだろう。


 その疑問を口にするまでもなく、その意味はすぐにわかった。

 サラが銀の匙に薬をすくい、こちらに差し出したのだ。


「はい」


 これは…、まさか…。話に聞いたことのある…。


「おくちを開けてください」


 上目遣いで可愛らしく見つめられると、従う以外の選択肢は消えさってしまう。


 諦めたコハクは軽く口を開く。それを見たサラはふわりと微笑んだ。


 冷えた匙が唇にあたった。


 それは冷たい指先で触れられたような温度で…。


「少し苦いですが、我慢してくださいね」


 正直、薬の味などわからなかった。


 逃げだしたいほどの恥ずかしさと、嬉しさが混ざりあう。

 返事をしなかったことを肯定と受け取ったのか、サラはにこにこと微笑みながら薬を運び続けた。


「はい、おしまいです」


 気が付けば白い器は空になっていた。


「あとはよく休んでくださいね」


 サラは食器を盆に乗せ、立ち上がった。


「貴女は…、どうなさるのですか?」

「そうですね…。食事の仕込みも終わっていますし、読書をしようと思います」


 彼女が新しい魔導書を手に入れたと喜んでいたのは、先週のことだ。


 コハクは片付けをする背中に向けて尋ねる。


「その…、場所は?」

「ときどきお鍋の様子を見たいので、居間にいるつもりです」


 サラは振り返り、白い手巾を持って戻ってきた。


「この後もここでお休みになりますか?」

「いいのですか?」

「だって、わたしもあなたの側にいたいですから」


 コハクの背中に手をかけ、そっと横たえながらサラは微笑んだ。

 額に冷たい手巾が乗せられ、心地よさにコハクは目を閉じる。


 わたしも…か…。


 見透されていたようで恥ずかしい。けれど、一緒に過ごせることの方が嬉しかった。


「以前、ヒスイに言われたことがあります」


 サラはソファーの足元に大きなクッションを運び、その上に座った。

 すぐ近くで見つめあいながら、サラは首をかしげて話の続きを待つ。


「私が魔法を使った反動で高熱を出して床についていたとき、ヒスイが面倒を見てくれたのですが」

「赤い紋様の呪いですね」

「ええ。貴女にすべて話してしまえばいい。そうすれば大好きな彼女に看病してもらえる、と」


 サラは目を丸くした。


「ヒスイの言うとおり、こんなにも嬉しいことなのですね」

「コハクさま…」

「サラ」


 コハクは手を伸ばして、サラの体を引き寄せた。


「わがままを言って、貴女に迷惑をかける格好悪い恋人ですが、これからもずっと一緒にいてください」


 今伝えないと、サラがいなくなってしまう。そんな気がした。


「わたしは…、甘えてくださることを迷惑だなんて思いません」

「甘えている? 私がですか?」


 思ってもいない言葉に、コハクは腕の力を弱めた。今度はサラの手がのびてきて頬に触れる。


「ええ。コハクさまは結構な甘えん坊さんですよ」

「そんなつもりはないのですが…」


 冷えた指先が頬を滑り、唇に触れた。


「甘えるのは、わたしだけにしてくださいね」


 サラは優しく微笑み、それだけでコハクの胸は締め付けられるように苦しくなる。


「…はい」


 少し腑に落ちないところもあるが、それでもかまわない。


「こんなにも私を満たしてくれるのは貴女だけですよ」


 コハクはサラの手を取り、その甲に口付けた。


「愛しています。私のサラ」

「わたしも、あなたが大好きです」


 彼女は、いつも欲しい言葉をかけてくれる。


 サラの顔が近付いてきた。緩む頬をごまかすようにきつく目を閉じる。唇が触れあい、コハクはサラの髪を撫でる。


「苦い…」


 そのとき、彼女にしては低い声が聞こえ、コハクは目を開ける。

 すると、サラは難しい顔でこちらを見つめていた。


「さっきのお薬、思っていたよりもずっと苦かったです」

「別に、気になりませんでしたよ」

「これは、改良の余地があります」


 サラはぶつぶつと何かを呟くと、私物の置かれた棚の方へ行ってしまった。きっと先程の薬の記録を見ているのだろう。


 戻ってくるまでには時間がかかりそうだ。ここはサラの言葉に甘えて、少し休むことにしよう。


 コハクは床に落ちていた手巾を額に乗せ、横になって毛布をかぶった。小さな後ろ姿を目に焼き付けてから、まぶたを閉じる。


 大丈夫。サラはずっと側にいてくれる。


 寂しいという気持ちはどこかへ消えていた。




 目を覚ますとすっかり辺りは暗くなっていた。

 昼間より体が軽い。やはり相当疲れていたようだ。


 すぐ近くから小さな息づかいが聞こえる。

 コハクは起き上がり、周囲を見回した。そして、ソファーの横に置かれたクッションの上で、サラが眠っていることに気が付いた。

 大きなクッションの上で小さく背中を丸めたサラは、仔猫のように可愛らしく見えた。


 コハクはその頬にそっと口付ける。


「んっ…」


 くすぐったいのか、サラはもぞもぞと身をよじった。

 起こすのはかわいそうだ。コハクは自分が使っていた毛布をサラにかけ、立ち上がった。


 サラに渡したいものは、書斎の机の引き出しにある。

 コハクはサラを起こさないよう注意して、二階へと向かった。

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