微熱2
サラが心配するので、今日は屋敷の前まで馬車を走らせてもらった。荷物を運び入れ、外套を脱いで居間に戻ると、サラは部屋の隅に置かれた棚の前に座っていた。
それは新しく設置したサラ専用の棚で、薬品や調合用の器具、魔導書などを置くためのものだ。こうして私物が増えていくことで、この屋敷が彼女にとって居心地のよい場所になればいいと思う。
「サラ」
名前を呼び、振り返る前に後ろから抱き締める。華奢な体は腕の中に隙間なくおさまり、それだけで幸せな気持ちになれる。
「何をなさっているのですか?」
「薬草を買い足したので、片付けています」
サラは抱き締められた状態で体をよじり、細い指でコハクの頬を撫でた。
ふわりと暖かい空気に包まれたような感じがして、彼女が魔法を使ったことがわかった。
「悪い風邪ではありません。やはりお疲れみたいです」
「そうですか」
「楽な服装に着替えて、早く横になってください」
「わかりました」
本当にたいしたことないのだが、ここは彼女の言葉に従うことにしよう。
コハクは立ち上がり、寝室に行こうと扉に向かう。
ふと振り返ると、小さな背中が見えた。
サラは買い物袋から取り出した食品を片付けはじめていた。台所のどこに何を置くのか、もう迷うことはない。自分で用意した小さな踏み台を使い、高い棚に置いてある物もコハクの手を借りることなく取ることができるようになった。
彼女がこの家に慣れることを嬉しいと思う反面、寂しいと思ってしまうのはなぜだろう。
必要とされたいなんて気持ちは、かなり前に捨てたはずなのに。
「サラ」
踏み台に乗ったまま、サラは振り返った。
「何でしょう」
そして、可愛らしく首をかしげる。
「居間のソファーで横になってもいいですか?」
「別にかまいませんが、寝台の方がよく眠れますよ」
当然の答えだ。でも…。
「貴女の近くにいたい」
「えっ?」
口をついて出た言葉に、後から恥ずかしさがこみ上げてくる。
「すいません。何でもありません」
慌てて弁解し扉に手をかけたところで、駆け寄ってきたサラに腕を掴まれた。
「すぐに準備をします。お着替えをなさったら、戻ってきてくださいね」
サラは優しく諭すような口調で言った。
胸の奥に暖かいものが広がっていく。なんだか、すごく安心して眠れそうな気がした。
コハクは急いで着替えて居間に戻る。するとソファーの上にはすでに枕が置いてあり、その横にはサラが毛布を抱えて立っていた。
促されるままに横になると、サラが毛布をかけてくれた。そして額に濡れた手巾が乗せられる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
にっこりと微笑むサラは、実年齢よりも大人びて見えた。
「わたしは向こうで片付けの続きをしてきます。何かありましたら呼んでください」
軽く頬に口付けてから、サラは立ち上がった。
横になったまま、コハクはぼんやりとサラの姿を眺めていた。
サラは手際よく食事の支度を済ませ、次に白衣を着て薬の調合を始めた。
まず、いくつかの薬草を小鍋に入れて火にかける。そうして煮出した液体を硝子の瓶に注ぎ、最後に魔法をかける。
サラはいとも簡単に作業を進めていくが、本当はかなり高度な技術が必要なのだとヒスイが言っていた。少しでも加減を間違えると薬の効果が弱くなってしまったり、もっと悪いと毒物になってしまうらしい。サラの薬はよく効くので騎士団の中でも評判が良いそうだ。
自分の恋人が誉められるのは嬉しい。でも、司祭としてのサラが評価されるほど、自分の手が届かない存在になっていくような気がしてしまう。
実際、彼女は優れた魔導師だ。この額に置かれた手巾がずっと冷たいのも、彼女がかけた魔法のおかげだろう。普通の魔導師は、こんなに長時間効果が持続する魔法は使えない。
自分は、彼女にふさわしい人間だろうか。こんなに迷惑をかけていては、いつか彼女に愛想をつかされてしまうのではないか。
そんな後ろ向きな考えが浮かんでくるのは、体調が悪くなっているからだろう。




