微熱と薬1
今日のコハクさまの手、いつもより…。
会った直後にサラが感じた違和感は、すぐに確信へと変わった。
「今日はどこへ行きましょうか」
眼鏡の奥の青い瞳は、いつもと同じように見える。外套の陰になってわかりにくいが、顔色も悪くない。
暑い中で頭から外套をかぶっているから?
それとも、朝晩の気温差が大きくなってきたから、体が慣れていなくて風邪をひかれたのかしら。
そんなことを考えながら手を引かれ、しばらく街を歩いたのだが。
「熱いです」
やっぱりこのままでは駄目だ。だって、これからもっと具合が悪くなるかもしれない。
いきなり結論を口にしてしまったからか、コハクは微かに驚いた様子を見せた。
「大丈夫ですか? 涼しいところで少し休んでいきましょう」
いつもこちらを気にかけてくれる、そんなところも好きだけど…。
「わたしではなく、コハクさまが熱いです」
「どういうことでしょう」
「体調が悪いのではないですか?」
「いいえ、特に変化は感じません」
もしかしてサラの勘違いかと思うほど、コハクは淡々と答える。でも、サラだって一人前の治癒師だ。病気の気配を感じとるのは得意なはず。
こうなったらちゃんと確認した方が良い。
サラはコハクの手を掴んだ。そして、人通りが少なく、日陰になっている路地裏に引き込んだ。
建物の陰に隠れ、コハクの外套を外す。
コハクは微笑をたたえたまま、膝を折ってサラと目線を合わせてくれる。サラは彼の額に貼り付いた髪を払う。
「失礼します」
手のひらを額にあてる。やはり少し熱い。
「冷たい」
コハクはくすぐったそうに言った。自分の体温の方が高いから、サラの手を冷たく感じるのだろう。
「そんなに高くはないけれど…」
暑い日差しの中で、サラの手も汗ばんでいる。それなら…。
サラは背伸びをしてコハクの額に自分の額を押し当てた。
思っていたよりも熱が高い気がする。
「お熱があります」
そう伝えると、コハクは不思議そうにサラを見つめた。
「自覚はないのですが、貴女が仰るのなら間違いないでしょう」
「早くお屋敷に行って休まないと、これからもっと具合が悪くなるかもしれません」
「そこまでしなくても大丈夫ですよ」
「でも…」
「今週は忙しかったから、少し疲れたのかもしれませんね」
ほら、やっぱり。彼にも思いあたることがある。
「買い出しはわたしひとりで行ってきます。コハクさまは休んでいてください」
このあたりには、ほぼ毎週来ているから、店の場所は頭に入っている。この近くには小さい薬草の店もあるから、ついでに薬も買っておこう。
「それはできません。荷物は重いですし、また変な輩に絡まれたら…」
コハクは納得がいかないようだが、サラも引き下がるわけにはいかない。
「大丈夫です。わたしだってひとりで買い物くらいできます」
あの頃とは違うのだから。
いつまでもコハクに甘えてばかりではいけないのだ。
「…では、お願いできますか?」
「はいっ。献立はまかせてくださいね」
諦めたようにため息をつくコハクに手を振って、サラは大通りに向けて走り出した。
お屋敷に戻り、サラは自分の荷物を片付ける。
コハクが用意してくれた新しい棚はサラのお気に入りだ。少しずつ増える私物をまとめておくのにちょうど良い。
ここに物が増える度に、自分の居場所が増えていく。彼から、ここにいてもいいと許可をもらったような、そんな気がする。
でも、もともと一人になるために移築した屋敷に、サラが入り浸ることに違和感はないのだろうか。
食事を用意して、薬を作ったら、帰ろうかな…。
そして、明日の午後にでも様子を見にくればいい。
きっと、彼は一人の方が落ち着いて休めるはずだから…。
「サラ」
そのとき、甘い囁きとともに、後ろから抱き締められた。
「何をなさっているのですか?」
「薬草を買い足したので、片付けています」
腕が熱い。さっきより熱が上がったのかも。
サラはコハクの頬に触れ、魔法で体の異変を探る。
特に異常はない。
「悪い風邪ではありません。やはりお疲れみたいです」
「そうですか」
「楽な服装に着替えて、早く横になってください」
「わかりました」
コハクが立ち上がったので、サラは買い物袋の整理をすることにする。野菜は木の籠へ、鶏肉は傷まないように氷と一緒に専用の木箱へしまう。買い足した調味料の予備は、踏み台を使って高いところへ。
「サラ」
再び名前を呼ばれ、サラは振り向く。
「何でしょう」
扉の前でこちらを見ているコハクは、なぜかとても寂しそうな顔をしていた。
「居間のソファーで横になってもいいですか?」
「別にかまいませんが、寝台の方がよく眠れますよ」
どうしたのだろう。気分が悪くなってきたのかもしれない。
近くで様子を見るために、サラは台から降りた。
「貴女の近くにいたい」
「えっ?」
恥ずかしそうに呟くコハクの頬は、赤く染まっていた。
「すいません。何でもありません」
でも、そんなに心細そうな顔をされたら…。
サラは走って扉に向かい、コハクの腕を掴む。少し潤んだ瞳が、不安そうにサラを見つめた。
「すぐに準備をします。お着替えをなさったら、戻ってきてくださいね」
サラの言葉に、コハクは安心したように微笑んだ。
…帰るのは、夜になってからでも遅くない。




