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私が始まった日

 今日の私の意識は中々覚醒しない。きっと、この雲のようにふわふわとしている肌掛けのせいだろう。


 「こんなに落ち着いて寝られるのはいつぶりだろ」


 ーー今日はこのまま二度寝を完睡してしまおうかな

 

 ……ふわふわの肌掛け?

 なんでこんなものがあるんだろう。そういえば、私は今どこで寝ているんだろう。

 これは夢?それとも現実?一度目を開けてみようかな。

 私は頑張ってこの重い瞼を開けてみた。

 

 「天井がある……」


 昨日のことを思い出してみよう。昨日は確か目指してた場所までたどり着いて、そこに女の子が住んでて。私はその女の子の胸で大泣きして……。


 光よりも早く私の意識は覚醒する。刹那、私は肌掛けをのけ、部屋の外へ駆け出した。


 「朝から忙しないね。おはよ」


 「あ、おはようございます」


 「朝ごはん用意してるから食べてきなよ」


 そう言って、少女は気だるげに玄関へと向かって行った。


 「あの人、本当に昨日と同じ人?」


 とてもじゃないけど、昨日と同じ人だとは思えなかった。私、あの人の胸で泣いて慰めてもらってたの?

 そんなことを思いながら、階段を下りて居間へ向かう。

 居間のテーブルには、パンが一つ、様々な野菜が入ったスープと調理された魚が一匹用意されていた。

 

 ーー凄く美味しそう


 パンを手に取り、スープに少しつけて食べてみる。


 「……美味しい」


 思わず言葉が出た。噛むほど、私の心が躍るのだ。そう、今朝の寝具のように。

 あの人、実は有名な料理人なんじゃないの?

 そう思えるほどに美味しかったのだ。

 

 ーーこれは流石にお礼を言わなくちゃ。

 ごはんを食べ、ルンルン気分の私は玄関の扉に手をかける。

 

 外に出ると、太陽の光が私を温かく包み込む。程よく涼しい風が頬を撫で、すり抜けていく。

 私は崖の上に立てられた柵から身を乗り出す。眼前には見渡す限りの山々が連なっていて、その斜面には緑•赤•黄に色づいた木々が広がっていた。


 「……綺麗」


 「わかる?ここは私のお気に入りスポットだからね」


 「うわぁ!」


 すぐ後ろから聞こえた声に驚いて、私はそこから落ちてしまった。

 え、こんなところで私死ぬの?どうせならもっとかっこよく死にたかったんだけど!

 落ちながらそんなことを考えていると、突然下から風が吹き、私の体は浮いていた。

 

 「危なかった。驚かせちゃってごめんね?」


 上からあの少女の声が聞こえる。


 「ありがとうございます!おかげで助かりました」


 私はさっきの庭?にふわりと着地した。

 少女の顔を見ると、少女の顔が朝見た時よりも明るい気がした


 「さっきといい、朝ごはんといい何から何までありがとうございます」

 

 「ん?別にいいよお礼とか。私は私のしたいようにしてるだけだから」


 その言葉で私は、この人についていこう、そう決心した。


 それから夜になるまで、その少女と話したり、薪を割ったり、色々なことをして時間を過ごした。

 

 夜、私と少女は二人で外で星を見ながら横になっていた。

 今日一日少女と過ごして分かったことがある。この人は多分結構な人見知りだ。それどころか結構明るそうな人かもしれない。

 喋っているうちに笑顔が増えていったし、適当なことを喋るようになった。後者は良いことなのかは分からないけど、きっと良いことだろう。

 

 「そういえば、あなた名前はなんていうの?」


 「私の名前は……」


 あれ?名前、なんだったっけ。思い出せない。奴隷になる前のことも。なんで。

 

 ーー私の名前……


 「思い出せない?」


 私はコクリと頷く。


 「そっか。多分隷属の首輪のせいだね。あれは脳に電流を流して隷従させるって仕組みだからね。電流の強さで記憶が消えてしまうこともあるみたいだから」


 私は頭が真っ白になった。記憶を失った。それは過去を失ったも同然だ。

 私は今まであって当然だったものを失い、心が落ち着かなくなった。

 その時、少女が少しやる気に満ちた顔をして、私に向かって言った。

 

 「なら、私が君に名前を付けてあげよう」


 ーー名前を付ける?


 「君は名前が無くなって落ち着かない様子。名前は君を君として定義づける大切なもの。記憶は君が歩んだ人生の歴史。」

 

 私は少女の言葉に聞き入る。


 「どちらも失った今の君は何者でもない。だから私が名前を付ける。ここから新しい君の物語を始めればいい。過去を失っても君にはこれからの未来がある。だから今を生きて、これから過去を作っていこう」


 「これからの未来……」


 「そう。君の物語は今始まる。 君の名前は……」


 「クリスタでどう?」


 ……クリスタ


 「あんまりだった?気に入らなかったら自分で考えてもらってもいいけど……」


 「いえ、その名前とても気に入りました。素敵な名前をありがとうございます!」


 「ふふ、よかった」


 目の前の少女はそう言って静かに笑っていた。

 

 クリスタ。


 私の新しい名前。

 過去は消えてしまったけど、ここから新しい過去を紡いでいこう。

 そう、この星空に私は誓った。

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