2.第二皇子の期待と恋心
アーデルハイド帝国、第二皇子レオンハルト・アーデルハイドの居城。
この城の主である艶やかな金髪の華奢な少年は、豪奢な自室で密偵の報告を聞いている。
「エリシア・ヴァルステッド様は、日々慎ましやかに過ごしておられるようです」
「……そうか。なにか、困っていることはないか? 彼女を悩ませていることは?」
「……特には、無いようです」
沈黙を前に置いて、密偵は第二皇子の言葉を否定した。
レオンハルトは、この沈黙に何か推しはかるものが存在すると判断する。
「……今は属国といえど、一国の王家の血を引く公爵令嬢のことだ。お前にも報告しづらいことがあるのだろう?」
「……申し訳ございません」
背の高い黒づくめの密偵は、うつむいて答える。
そんな密偵を気遣うかのように、レオンハルトは苦笑した。
「お前は父上の部下で、私は借りているだけに過ぎん。そして、父上はあの一家に興味はないようだしな。血気盛んな方であるし、彼女に何か失態などあれば、手早く始末したいのあろう。お前も父上の命令で、私に余計な情報を入れたくないのだろう?」
「……」
密偵は黙り込む。黒づくめの格好をした背の高い人間がうつむいている様子は、少し気味悪いものだった。
だが、レオンハルトはそんな気味悪さを意に介さない。
「ご苦労だった。引き続き頼んだぞ」
レオンハルトは、そう言うと右手を差し出した。握手をしようというのだ。
線が細い温和な顔立ちをした笑顔で、隠し事をしていると思わしき部下と握手をしようなど、皇帝である父や彼の許嫁が見たら、激怒するだろう。
「恐れ入ります。……このようなこと、してはなりません」
密偵が、第二皇子を諫める。この光景も、父や許嫁が激怒するような事態だ。
だが、レオンハルトは、くしゃりとした笑顔になり、差し出した右手を引っ込めた。
「参ったな。そうか、そうだな。こんな調子では、また叱られてしまうな」
朗らかな、まるで春に咲く蒲公英のようなあたたかな笑顔。その笑顔は、父や兄とはまったく似ておらず、周囲の空気を柔らかくするものだ。
密偵は、心の中で考えた。
(この方は、皇帝にはふさわしくない。許嫁にも縛られるだろう。この方に相応しいのは……、あの穏やかなエリシア嬢なのだろう)
◆◆◆
アーデルハイド帝国の第二皇子、レオンハルトは、ヴァルス国の公爵令嬢エリシアにほのかな恋心と期待を抱いていた。
レオンハルトには、皇子妃候補の許嫁がいる。この許嫁が非常に気が強く、夫となるレオンハルトを簡単に言い負かしてしまうほど知性的であると同時に、鉄面皮な“完璧な淑女”なのだ。
一方の彼は、この許嫁とは相容れないほど、華奢で心配性である。端的に表現すると、心優しい性格をしている。そのため、レオンハルトはこの許嫁と自分は不釣り合いだと考えていた。許嫁との将来に暗いものを抱いていたのだ。
しかし、とある日。隣国ヴァルス国を招いた舞踏会に参加したことが、彼の人生に光明を期待させるきっかけになる。ヴァルス国の公爵令嬢、エリシア・ヴァルステッドを、この舞踏会で見初めたのだ。
透明感のある、白金に似た淡い金色の髪。灰青色の瞳。彼女はまるでおとぎ話の。
(まるで、妖精のようだ)
エリシアを一目したときから、レオンハルトは心ときめくものを感じたが、決め手となったのは、彼女が緊張しながら飲み物を口にしている様子を見たときだった。彼女にシンパシーを感じ、レオンハルトは話しかける。
「こんばんは。ダンスはお嫌いかな」
「えっ!? ……これは、皇子殿下! い、いえ、そんなことはなく」
「大丈夫だ。私も、いささか苦手なんだ」
ふにゃりとした笑顔で、砕けた口調でエリシアに話しかけた。その笑顔は、彼女の笑顔を招くのに十分だった。
「そうなのですか? ……ふふ、ありがとうございます」
彼女の、たおやかなで慎ましやかな笑顔。かの許嫁には無い、血の通ったあたたかい笑顔。
そんな笑顔を、お互いで交わし合った一瞬。
その記憶は、レオンハルトに焼き付くものだった。
彼の想いは心の奥深くに仕舞われ、日の目を見るときはないだろうと、彼はそう思っていた。
あの日――、父によるヴァルス国侵略が始まるまでは。
父であるアーデルハイド皇帝は、小国ヴァルス国に突如として攻め入った。
元々、アーデルハイド帝国は、ヴァルス国と密接な関係だった。その力関係は、比べるべくもないものである。ヴァルス国は、産業・文化など、多様な面で帝国に依存していた。勝る面といえば、森の面積くらいだった。
つまり、皇帝による侵略は、あっという間に終わったのである。
皇帝は、ヴァルス国王を幽閉。ヴァルス国の貴族たちから財産を没収、はるか北方へ追放した。
当然、ヴァルステッド公爵一家も、同じ目に遭うはずだった。
だが、ここで第二皇子が懇願した。
『ヴァルステッド公爵令嬢、エリシアを側室候補とします。彼女には我が国の修道院にて、その身を清めていただく』と。
アーデルハイド皇帝は、第二皇子の珍しく欲深い発言を面白がった。喜んでさえいた。
皇子の側室候補の一家を、追放するわけにはいかない。こうして、エリシア・ヴァルステッドはシスター・エリシアとして、アーデルハイド帝国の修道院にてその身を清めるという名目で、側室候補としての教育を受けることになったのである。
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