3.悪魔はそこに
その日、エリシアはいつもの通り、身を清めるという名目のいびりと鞭を伴った側室候補としてのレッスンを受け終わり、疲れた身体をベッドで休ませていた。
(今日もたくさん言われてしまった……。早くこの生活に慣れないといけないのに、鞭の痛みにはいつまでも慣れない)
エリシアには個室が与えられている。これは修道院側の忖度で、こうすれば第二皇子が見回りにきた際に『修道院はエリシアを特別扱いしています』と、皇子……、すなわち皇帝の血筋に忠誠を示すことができるからだ。
エリシアはいつもの通り、しんと静まり返った部屋で静かに身を横たえていた。
(もう、限界かもしれない)
エリシアは、強烈な眠気により薄められた頭脳で、ぼんやりと思う。
睡魔が彼女の頭を完全に支配しようとしたとき――。
「ねえさま」
「……!」
声が聞こえた。毎晩、夢の中で彼女を励ましてくれる、あの声だ。
思わず、身を起こす。
「こちらだ。ようやく、会える」
また声がした。
エリシアが部屋を見渡すと、姿見が僅かに光り輝いているのを発見した。
いや、正確には、姿見が何かの光を反射したのである。
「……?」
姿見を良く覗き込む。満月の夜なので、月光を反射したのかと想像する。
「月? ……じゃ、ない」
確かに、満月は鏡に映っている。だが、その光は姿見が輝いたと誤解するほど強烈なものではない。
さきほどの光は、もっと瞬間的だった。そして、あの声も夢心地からくるものではない。
再度、姿見が何かを反射する。
「……あ」
そこで、エリシアはようやくわかった。
これは、ランプの光だ。ランプを持った人が、何人か集まっているのだ。
「なにを……、しているんだろう」
元々エリシアは好奇心旺盛な少女である。幼い頃に家族や従者を連れてピクニックをしたことがあるが、このとき、ひとり離れて森の深部に行ってしまった経験もあるのだ。その際も恐怖よりも冒険心が勝っていたことを、彼女は覚えている。もちろん両親・従者にこっぴどく叱られたが。
久方ぶりに自身の心の動きを感じたエリシアは、いても立ってもいられなくなった。
(見に行ってみよう)
彼女は、数少ない所持品である簡素なワンピースとローブに着替え、灯りを持たずに自室から出ていった。
(もしかしたら、あの男性に会えるかもしれない。もし会えたら……)
なぜ自分を『ねえさま』と呼ぶのか聞いてみよう、と思いながら。
◆◆◆
満月は、等しく万物に影を与えていた。夜空の頂点に君臨していた月は、星々のきらめきをせせ嗤うかのように、自慢げに光っている。
エリシアは、そんな月光から身を隠すように、こそこそと物陰から物陰をつたって、先ほどのランプの光の後をついてった。
ランプを持った人々は、頭まで隠せるローブを羽織っているようで、姿格好は皆同じだった。列を成して歩いていく彼らは、葬列の一行を連想させた。
(どこに行くんだろう? この先は確か小さな森があるだけだけど)
この先に小規模な森があることは、ここに連れられてきたときから知っている。修道院長に『この森は、あなたの国の森ではありませんよ』と皮肉付きで周辺の道案内をされたこともあってか、強烈に覚えているのだ。
葬列に似た行列は、エリシアの予想通り小さな森へと入っていく。
森での振舞い方について、エリシアはこのアーデルハイド帝国の誰にも負けない自信がある。獣道の歩き方も、彼女は知っていた。
だが、ランプの行列が森に入ろうとするとき、エリシアは奇妙なことに気付いた。
(? ……この道、整備されている)
森の入り口が、すぐにそれとわかるように、明らかに人の手が入った『道』であるのだ。
(道が整備されているということは、人が利用するということ。でも修道院の周辺に民家はない……。じゃあ、この道は? この人達はいったいどこから何を求めているの?)
エリシアは、この行列と『道』について、ひとつの見解に辿り着いた。
(野宿してまで、この森に、深夜に用事があったということ? それは、もしかして)
――怪しげな魔術の行使のためではないか?
自身が辿り着いた仮説に、エリシアの手は汗ばんだ。
聞いたことがある。悪魔の召喚は、満月の深夜に行われるものだと。
そして――。
突然、行列の先頭の人間が振り返る。
「――女、何をしている」
そして、悪魔の召喚には生贄がつきものだと。
「わ、私は」
「捕らえろ」
「!」
行列があっという間に散り、エリシアを取り囲む。
武術など習ったことがない彼女は、簡単に縛られてしまった。エリシアの柔らかな身体に、ざらついた麻縄が食い込む。鞭打ちの跡が重なり、さらなる痛みを引き起こす。
「い、た――」
「悪魔に捧げよう。女、お前は幸福だぞ」
「あ、う……!」
何の抵抗もできないまま、エリシアは大樹の下へと連れられた。
大樹に大きく空いた洞に、縛られたまま投げ込まれる。
「待って、私は!」
「洞をふさげ」
「待って、待って!」
行列のリーダーらしき人物は、エリシアの悲鳴をふさぐように、大樹の洞を石の蓋で塞ぐ。
手を縛られている彼女が、その重い蓋をずらすことはできない。
(修道院に戻らないと! 戻らないと、私のせいで父様と母様が、従者が……!)
焦る彼女だったが、自身を縛る縄はほどける気配がない。つまり、重い蓋を開くことはできない。
「開けて! 開けて! 開けて――!」
絶叫する。エリシアが喉が傷むほどの大声を出したのは、これが初めてだった。
(そうだ、頭を押し付ければ、もしかして開くかも……!)
拙いひらめきを頼りにして、冷たく重い石蓋に頭を押し付ける。
「う、ん――!」
力を頭に込める。
と――。
同時に、石蓋が突如として吹き飛んだのだ。
支えを失ったエリシアの身体が倒れ込む。何事か、と目を丸くして横たわる彼女を見下ろしていたのは。
「ねえさま、大丈夫か」
毎晩、夢の中で自分を撫でてくれる、あの男性だった。
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