黒霧村5
代官屋敷から連れ出された代官は、縄で縛られ、黒霧村の広場に座らされていた。
夜明け前。霧はまだ濃いが、どこか薄くなり始めている。
村人たちが、ひとり、またひとりと集まってくる。
娘を奪われた母
重税に苦しんだ農夫
代官に殴られた老人
そして、怯えていた少女たちの家族
誰も声を荒げない。ただ、静かに、代官を見つめていた。
アルノルトは、広場の端に立っていた。
剣も抜かず、声も荒げず、ただ静かに村人たちを見守る。
セリーヌが囁く。
「旦那様……出ないの?」
アルノルトは首を振る。
「これは……村の問題だ。
わしらが裁けば、また“外の力”に頼ることになる」
セリーヌは目を細める。
「……なるほどね」
老獅子は、“力”ではなく“誇り”を守ろうとしていた。
村人たちの中から、白髪の村長が一歩前に出た。
その足は震えている。だが、その震えは恐怖ではなく、覚悟の震えだった。
村長は代官を見下ろし、静かに言った。
「……わしらは、長い間…… お前に怯えて生きてきた」
代官は震える声で叫ぶ。
「ひ、ひぃっ…… わ、わしは王の代理だぞ!」
村長は首を振る。
「王の名を騙り、 娘たちを奪い、
民を苦しめたのは……お前自身だ」
その声は震えていたが、確かな強さがあった。
村人たちが、ひとり、またひとりと前に出る。
怒鳴らない。罵らない。
ただ、静かに言葉を重ねていく。
「娘を返せと言ったら、殴られた」
「税を払えず、家を取り上げられた」
「夫を牢に入れられた」
「うちの子を……供物だと言って連れていった」
代官は耳を塞ぎ、震えながら叫ぶ。
「や、やめろ…… わしは悪くない……!」
だが、村人たちの声は止まらない。
それは怒りではなく、**長い沈黙を破る“真実の声”**だった。
村長が振り返り、アルノルトを見る。
「……どうすればよいのだ、前公爵様」
アルノルトはゆっくりと歩み寄り、村長の肩に手を置いた。
その手は温かく、重く、そして優しい。
「わしが裁くのではない。 裁くのは……お前たちだ」
村人たちの目に、静かな光が宿る。
アルノルトは続ける。
「お前たちは…… もう怯えなくてよい。
自分たちの村を、自分たちの手で取り戻せ」
その言葉は、霧を切り裂くように広場に響いた。
村長は深く頷き、代官の前に立つ。
「……お前を村から追放する。
二度と、この地に足を踏み入れるな」
村人たちがざわめく。
怒りではない。安堵でもない。
“誇りを取り戻した”という静かな感情。
代官は震えながら叫ぶ。
「ま、待て! わしは……わしは──」
村人たちが背を向けた。
その背中は、強く、まっすぐで、美しかった。
代官が連れ出されると、広場に静寂が訪れた。
その瞬間──霧が、ゆっくりと晴れ始めた。
セリーヌが息を呑む。
「……霧が……」
アルノルトは静かに言う。
「村の心が晴れたのだ」
ミレイユが弓を下ろし、
エルナが少女たちを抱きしめ、
ライネルが剣を収め、
ガルドが静かに頷く。
お供たちの顔にも、誇りが宿っていた。




