黒霧村4
娘たちを救い出したアルノルト一行は、代官の広間へと踏み込んだ。
霧が窓から流れ込み、床に白い靄が漂う。
代官は椅子にふんぞり返り、酒を片手に笑っていた。
「勝手に屋敷へ入るとは、随分な無礼者だな」
その軽薄な声が響いた瞬間──
アルノルトの背後で、五人のお供が自然と並んだ。
アルノルトはゆっくりと一歩前へ。
その歩みは静かだが、床板がわずかに軋むほどの重みがある。
そして──胸の前で拳を握る。
老獅子の構え。
剣は抜かない。威嚇でもない。ただ“覚悟”を示すだけの動き。
だが、その拳ひとつで広間の空気が変わった。
アルノルトの背後に、五人が自然と並ぶ。
ライネルは剣を肩に担ぎ、鋭い目で代官を睨む
ミレイユは弓を下げたまま、代官の心臓に照準
ガルドは戦槌を床に置き、ドン、と重い音
エルナは少女たちを守る位置に立ち、杖を構える
セリーヌは腰に手を当て、艶やかな笑みで一歩前へ
セリーヌが言う。
「旦那様、決めちゃって」
その一言が“合図”だった。
アルノルトは代官を見据え、低く、静かに言った。
『北風屋──悪を見れば、吹き荒れる
泣く者あらば、風は必ず駆けつける』
霧がざわりと揺れた。
「娘たちを返してもらおうか」
声は低く、静かで、だが広間全体を震わせるような響き。
代官は鼻で笑う。
「返す? あれは“村のため”に必要な供物だ」
セリーヌが眉をひそめる。
「供物? あんた、正気?」
代官はセリーヌを見て、いやらしい笑みを浮かべた。
「ほう…… そこの女はなかなかの上物だな。 お前も供物に──」
その瞬間。
広間の空気が変わった。
アルノルトは一歩、代官に向かって踏み出した。
ただそれだけ。
だが──広間の空気が一気に冷えた。
代官の笑みが凍りつく。
アルノルトの声は低く、静かで、だが“逃げ場のない圧”を帯びていた。
「……その口を閉じろ」
代官の喉が鳴る。
「な、なんだ貴様…… ただの老人では──」
アルノルトはさらに一歩踏み出す。
霧が揺れ、床が震える。
「わしは…… 娘たちを泣かせる者を許さん」
その言葉は、怒号ではない。静かな宣告。
だが、代官の背筋を凍らせるには十分だった。
アルノルトの後ろに並ぶ若い五人、
ライネルは剣を抜き、鋭い目で代官を睨み、
ミレイユは弓を構え、代官の心臓に照準を合わせる。
ガルドは巨大な戦槌を肩に担ぎ、無言で立ち、
エルナは治癒杖を握り、少女たちを守る位置に立つ。
セリーヌは腰に手を当て、艶やかな笑みを浮かべる。
セリーヌが代官に向かって言う。
「ねぇ代官さん。 あたしたち、旅の商家“北風屋”よ。
でもね…… 旦那様が怒ったら、商売どころじゃないの」
アルノルトは咳払いした。
「……怒ってはおらん」
セリーヌは微笑む。
「ふふ、そういうことにしておくわ」
代官は震えながら叫ぶ。
「こ、こんな若造どもと老人が…… わしに逆らう気か!」
ライネルが一歩前に出る。
「逆らうんじゃない。 正すんだよ」
ミレイユが静かに言う。
「あなたの心臓…… いつでも射抜けるわ」
ガルドは無言で戦槌を床に置く。ドン、と重い音が響く。
エルナは少女たちを抱き寄せ、優しく言う。
「もう大丈夫…… あなたたちは守られるわ」
代官の顔が青ざめる。
アルノルトは代官の目の前まで歩み寄った。
代官は椅子に押し付けられるように後ずさる。
アルノルトは懐から、封蝋の刻印を取り出した。
光に照らされた紋章は──北方公爵家の紋章。
代官の顔が真っ青になる。
アルノルトは静かに言った。
『──名乗っておらなんだな。
わしはアルノルト・ヴァルムント。先の北方公爵よ』
広間が静まり返る。
お供たちも息を呑む。
セリーヌだけが、艶やかに微笑んだ。
「ふふ……やっと“本当の旦那様”が出てきたわね」
アルノルトの声は低く、静かで、だが絶対に逆らえない重さを持っていた。
「娘たちを泣かせた罪…… 重いぞ」
代官は震えながら叫ぶ。
「ひ、ひぃっ…… た、助け──」
アルノルトは代官の肩に手を置いた。
その手は優しい。だが、逃げられない重さがある。
「裁きは…… 村人たちに任せる」
代官の顔が真っ青になる。
セリーヌがアルノルトの横に立ち、代官を見下ろす。
「代官さん。 あなたが泣かせた娘たち…… 今度はあなたが泣く番よ」
アルノルトは静かに頷いた。
「行くぞ。 村に戻る」
お供たちが一斉に動き、少女たちを守りながら広間を後にする。
霧が揺れ、老獅子の背中が静かに光を帯びていた。




