第1話 海を見に行く
ルーヴェンの宿は、港から二本入った通りにあった。
部屋へ荷を運び込む間も、私は銀鷺商会の看板を思い出していた。あの金色の文字は、誰に断って掲げたものなのか。
セシリアは毛織物の包みを数え、宿の主人が用意した倉庫の鍵を確かめている。ルカは馬を厩舎へ連れていき、ミラは私の部屋の階段を見て顔をしかめた。
「二階ですか」
「上がれる」
「上がれることは知っています。明日も上がれるよう、今夜は早く休んでください」
「その前に海へ行きたい」
ミラは窓の外を見た。日が沈むまで、まだ少し時間がある。
「海辺までなら。長く歩きませんよ」
四人で港へ向かった。
海へ近づくほど、風の匂いが変わる。船の帆が夕陽を受け、桟橋からは荷を数える声が聞こえた。波は岸の石に当たって砕け、退くたびに細かな砂をさらっていく。
私は杖をついて立ち止まった。
王国の地図では、海は輪郭を示す一本の線だった。その線の向こうまで水が続いている。
「旦那、どうです」
ルカが聞いた。
「思っていたより、忙しい場所だな」
「景色の感想じゃないんですか」
「船を見ると、どこから来て何を積んでいるか考えてしまう」
セシリアが港の荷役人を目で追った。
「私もです」
そのせいで二人とも、海を見に来たというのに仕事の話を始めそうになった。ルカが呆れ、ミラが先に波打ち際へ降りる。
私はリーゼルにもらった地図帳を開いた。ルーヴェンの海岸線の余白に、波の音は地図に書けない、と記す。
そして少し考え、隣に書き足した。
潮の匂いは、港の手前から分かる。
顔を上げると、夕陽は水平線に近づいていた。
明日は銀鷺商会へ行く。だが、今日ここに来たことまで、あの看板に奪われる必要はない。
私は地図帳を閉じ、皆と並んで日が沈むのを見た。
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