第6話 増水する川
雨は夕方から強くなった。
宿の窓を打つ音が、いつしか途切れない水音になる。ハインツが橋の縄を確かめに行くというので、ルカも同行した。
私は宿に残るつもりだった。
だが間もなく、村の子どもが戸を叩いた。
「橋に馬車が入った!」
私たちは雨の中へ飛び出した。
橋の中央で、荷車が傾いていた。通行止めの縄は脇へ外されている。車輪が沈んだ拍子に引き革が切れ、前方の馬だけは岸へ逃れていた。御者と幼い娘が荷台に取り残されている。
渡し賃を惜しんで橋へ入った行商人だという。男は娘を抱え、足元を見たまま動けない。
「縄を持って、行けるところまで近づく」
私は橋へ向かおうとした。
ルカが腕を広げ、私を止める。
「俺が行きます」
「桁が折れるぞ」
「だから俺が行くんです」
雨に濡れた彼の顔は、普段より大人びて見えた。
私は言い返す代わりに、ハインツを見た。
「縄を支えられる場所は」
「岸にある太い柱だ。橋板は踏むな。下の主桁も避けろ。上の手すりを支える梁なら、まだ重さを分けられる」
イーダが縄を引き出し、柱に回した。
「命綱をつけて。救い出すのは一人ずつ。荷は捨ててください」
ルカが頷く。
縄の先を向こうへ届けるには、距離があった。私は端に小さな布を結び、魔力を指先に集めた。
風が一度、川の上を走る。
布をつけた縄の先が、傾いた荷台へ届いた。行商人が掴む。
それだけで、息が荒くなった。ミラの声が背後から飛ぶ。
「もう使わないでください!」
「そのつもりだ」
ルカは体に縄を結び、ハインツの示した梁を進んだ。イーダと村人が岸で縄を支える。
まず娘が渡された。
小さな体がこちら側へ着いたとき、アイナが駆け寄って毛布を掛ける。次に行商人が、荷を捨ててルカの手を取った。
木が裂ける音がした。
ルカの足元の梁が沈む。私は反射的に駆け出しかけ、右膝に鋭い痛みが走った。
「縄を持って!」
ルカの声で、立ち止まる。
私は岸の村人と一緒に縄を引いた。雨で滑る縄が掌を焼く。ルカが自分の腕で梁を掴み直し、こちらへ跳んだ。
三人が岸へ転がり込むのと、橋の中央が落ちるのはほとんど同時だった。
水しぶきが上がり、誰かが叫ぶ。
私は縄を握ったまま座り込んだ。ルカは肩で息をしながら、娘が毛布の中で泣いているのを確かめた。
「全員、いますか」
彼が問う。
「いる」
私は答えた。
言葉にした途端、足が震えた。




