第1話 ルカの帰る村
レナ村に着いたのは、ハルフェンを出て三日目の夕方だった。
街道の両側に低い石垣が続き、その向こうで刈り入れを終えた畑が夕陽を受けている。ルカは村の鐘楼が見えたあたりから、急に口数が減った。
「道を間違えたか」
私が尋ねると、彼は手綱を握ったまま首を振る。
「ここから先は、目をつぶっても行けます」
「では、どうしてそんな顔をしている」
「母に、急に帰って驚かれないかと思って」
「手紙は出したのだろう」
「出しました。でも、いつ着くかは書いてなくて」
驚かせたいのか、驚かせたくないのか。本人にも分かっていないらしい。
ルカの家は、村の端にあった。窓辺に布地が積まれ、戸口には繕いを待つ上着が吊るされている。仕立ての仕事をしていると聞いていた。
戸を開けた女性は、ルカの顔を見るなり立ち止まった。
「……本当に帰ってきたのね」
「ただいま、母さん」
アイナ・フェルナーは息子を抱きしめ、それから一歩離して、頭から靴まで眺めた。
「痩せていない?」
「母さん、皆が見てる」
「怪我は?」
「してない」
「その腕の傷は?」
「古いやつだって」
二人のやり取りを聞いて、ミラが私を見た。私がルカに無茶をさせたと思われているのだろうか。
家の奥から、少女が飛び出してきた。
「兄さん!」
十五歳のフィーはルカに抱きつき、すぐに顔を上げた。
「お土産は?」
「最初に聞くのがそれかよ」
「無事なのは見れば分かるもの」
セシリアが笑い、荷馬車から包みを一つ渡した。途中の町でルカが選んでいた、青い髪紐だった。
食卓には、アイナが急いで温めた煮込みが並んだ。ルカはいつもより背筋を伸ばし、護衛の仕事ぶりを話す。もっとも、ハルフェンで連行された件には触れなかった。
私も話さなかった。
食事のあと、外で馬を見ているとアイナが出てきた。
「ルカは、仕事をきちんとしていますか」
「している。私が見落とすことにも気づく」
「それなら、よかった」
彼女は安堵したように笑ったあと、声を落とした。
「あの子は、守ると決めると自分のことを忘れます。止めてやってください」
私はすぐに頷けなかった。
ミラに同じことを言われているのは、私のほうである。
「努めよう。私も人に言えるほど上手ではないが」
アイナは少し驚き、それから笑った。
翌朝、市場町へ向けて出発しようとすると、ルカは橋へ続く道ではなく、遠回りの道を選んだ。
「橋は渡れないのか」
「荷馬車は前から禁止です。先週からは、歩いて渡るのも止められました」
川向こうには市場と治療院がある。村の暮らしに欠かせない橋だった。
北風屋の荷を運ぶだけなら、銀鷺商会の渡し船が使えるという。ただし料金を聞いたセシリアは、即座に眉を寄せた。
「薬草の利益が減ります」
「村の者は毎回払っているのか」
ルカが頷く。
「三年前から、橋を直すための金も納めています」
夕陽の中で聞いた村の静けさを、私は思い出した。その静けさの中に、日々の不便が積もっているのだろう。
「橋を見せてくれ」
ルカは私を一度見た。
「旦那、旅の途中ですよ」
「見たいんだ」
そう答えると、彼は手綱を橋のほうへ向けた。
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