第9話 次の風が吹く
二日後、熱は下がった。
まだ膝に痛みはあるが、ミラから短い距離なら歩いてよいと許された。私は杖をついて宿の食堂へ降りる。
セシリアが待っていた。
「毛織物はすべて売れました。薬草も半分。こちらが利益です」
差し出された帳簿には、宿代と馬の餌代まで記されている。店を出して初めての利益だった。
「事件の間に、よく売ったな」
「買い手を待たせるわけにはいきません」
彼女は当然のように言い、次の仕入れ先を指で示した。
王都の屋敷から手紙も届いていた。ユリアンからである。
事件の報告を受け、無事を喜ぶ言葉が書かれていた。そのあとに、休息の約束を守るよう、父親へ言い聞かせる文章が続く。最後にはクラウスの『くれぐれも父上を困らせないでください』という一文と、リーゼルの描いた小さな海鳥が添えられていた。
「まだ海も見ていないのにな」
地図帳を開き、ハルフェンのところに小さく印をつける。
穀物倉庫の町。
それだけでは足りない気がして、その下に『茶屋の焼き菓子がうまい』と書いた。旅で見たものを、事件だけにしたくなかった。
監察官からは、ベルントの帳簿に銀鷺商会への支払いが複数見つかったと知らされていた。他の町にも同じ商会の倉庫があるという。今後の調べは監察所が進める。
「西へ向かいたい」
私が言うと、セシリアは帳簿から顔を上げた。
「銀鷺商会を調べるためですか」
「それも気になる」
「それだけなら、私たちが行く必要はありません」
「そうだな」
私は窓の外を見た。街道は西へ続いている。
「海を見たいんだ。まだ、じっくり見たことがない」
セシリアはしばらく私の顔を見つめ、それから帳簿をめくった。
「西なら、塩の仕入れもできます」
ルカが扉のそばから顔を出す。
「途中に俺の故郷があります。少し寄れますか」
「もちろんだ」
ミラは私の歩き方を一目見て、先に釘を刺した。
「長い行程にはしません。次の宿までは半日です」
「分かっている」
「昨日も同じ返事をなさいました」
四人で行き先を決め、荷を積んだ。
町の出口で、私は一度だけ振り返った。配給所の前には、今日も人がいる。新しい記録が板に掲示され、受け取った者たちが自分の目で確かめていた。
それを見届けてから、馬車へ乗る。
ルカが手綱を取り、セシリアが売上帳を鞄にしまう。ミラは私が腰を落ち着けたのを確認して、向かいに座った。
馬車が動き出した。
腰には旅費があり、荷台には売るための商品がある。行き先には海があり、帰りを待つ家族もいる。
何かを命じる声を待たず、私は西の空を見た。
「さて、次はどんな町だろうな」
北風屋の荷馬車は、朝の街道を進んでいった。




