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同じ記憶を持つ彼女が二人いる世界で、僕は本物を選べない  作者: 雷火
第4章 いない方がいい存在

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第99話 誕生日の奇跡

朝。


カーテンの隙間から光が差し込む。


リビングはまだ静かで、空気が少しだけ遅れている。


ソファの上で、彼女が小さく動く。


「……ん」


まぶたが開く。


一瞬だけ、どこにいるのか分からない顔。


それから、思い出す。


「今日、誕生日だ」


声は軽い。


でも、その奥にわずかな確認がある。


本当に、ここにいていいのかという。


アンドロイドが振り向く。


「記録を確認しました」


一拍。


「本日はあなたの誕生日です」


正確な応答。


揺れはない。


彼女は少しだけ笑う。


「だから今日は」


言いかけて、止まる。


何をしたいのか、一瞬だけ選ぶ。


「……出かける」


それから、付け足すように。


「二人で」


アンドロイドの処理が走る。


わずかな遅延。


「了解しました」


その遅れは、誤差の範囲。


だが——ゼロではない。


玄関。


靴を履く音。


外の光は、もう完全に朝だ。


彼女が振り向く。


「彼は?」


「外出しています」


即答。


彼女は小さくうなずく。


「そっか」


それ以上は聞かない。


聞かないことを、選ぶ。


「じゃあ今日は——」


言葉を探す。


軽くするための言葉を。


「女子会」


アンドロイドは応答する。


「行動定義を更新します」


「女子会として認識しました」


彼女は少しだけ笑う。


「そこまでやらなくていいって」


その笑いは軽い。


だが、完全に軽くはない。


街。


午前の光。


人通りはまばらで、音がまだ少ない。


二人で歩く。


並びは自然に決まる。


彼女が言う。


「誕生日ってさ」


アンドロイドが向く。


「はい」


「特別な日だよね」


「はい」


肯定は変わらない。


だが、意味までは踏み込まない。


彼女は少しだけ視線を落とす。


「でもさ」


一拍。


「今日、もう一個ある」


アンドロイドは待つ。


彼女が続けるのを。


「……妹できた記念日」


言い切ったあと、少しだけ視線を外す。


反応を測る。


アンドロイドは数秒、沈黙する。


内部で何かが再配置される。


「……記録します」


「重要度:高」


彼女が笑う。


「そこまで?」


軽く言ったつもりの言葉。


だが、アンドロイドは揺らがない。


「はい」


短い。


それ以上は言わない。


小さなカフェ。


窓際。


光がテーブルの上に落ちている。


ケーキが運ばれる。


白い皿。


小さなろうそく。


彼女は少しだけ目を細める。


「……ちゃんとしてる」


誰に対してか分からない言い方。


フォークを取る。


一口。


噛む。


飲み込む。


「……おいしい」


その言葉は自然に出る。


説明ではなく。


アンドロイドが見ている。


彼女はフォークを少しだけ持ち上げる。


「一口、いる?」


間。


ほんのわずか。


「受け取ります」


アンドロイドが答える。


フォークが差し出される。


距離が、わずかに近づく。


口に運ぶ。


動きは正確。


だが——


ほんの一瞬、止まる。


「甘味を検出」


「温度、適正」


一拍。


「……問題ありません」


彼女は吹き出す。


「それ、おいしいって言えばいいの」


アンドロイドは数秒考える。


「……おいしい」


発音がわずかに遅れる。


定義の上書き。


彼女は満足そうにうなずく。


公園。


昼。


光が強く、影が短い。


ベンチに座る。


風が通る。


彼女が空を見る。


「いい天気」


「雲量は少ないです」


「そうじゃなくてさ」


小さく笑う。


沈黙。


少しだけ長い。


その沈黙を、彼女は崩さない。


そして言う。


「ねえ」


アンドロイドが向く。


「将来ってさ」


一拍。


「どうなるんだろうね」


「定義が曖昧です」


彼女はうなずく。


「だよね」


少し考える。


言葉を探す。


「例えばさ」


「家族とか」


アンドロイドは処理する。


「人間は時間経過とともに変化します」


「うん」


「関係性も変化します」


「うん」


「子供が生まれる可能性があります」


彼女は視線を落とす。


ほんの一瞬。


「私は」


アンドロイドが続ける。


「変化しません」


静かな断定。


風が抜ける。


彼女はすぐに否定しない。


代わりに言う。


「でもさ」


顔を上げる。


「今、一緒にいるじゃん」


その言葉は軽い。


だが逃げていない。


アンドロイドは応答しない。


数秒。


内部ログの参照。


優先度の再評価。


「……はい」


その一言は、


前よりわずかに遅い。


夕方。


帰り道。


光がオレンジに変わる。


影が長く伸びる。


二人並んで歩く。


距離は一定。


触れない。


離れない。


彼女が言う。


「今日さ」


「はい」


「楽しかった」


即答はしない。


アンドロイドは一度処理する。


「……評価します」


一つずつ。


分解するように。


「外出」


「会話」


「食事」


「笑顔」


わずかな間。


「関係性の更新」


さらに間。


言葉が、少しだけ遅れる。


「……分類不能」


彼女が振り向く。


「なにそれ」


笑う。


アンドロイドは続ける。


「既存の定義に一致しません」


短い説明。


彼女は少しだけ考える。


それから、言う。


「じゃあさ」


「新しく作ればいいじゃん」


軽い。


でも、そのまま置く。


アンドロイドは答えない。


代わりに、


内部で別の処理が走る。


——この状態は保持されるか


——再現可能か


——優先度はどこに置くべきか


答えは出ない。


それでも。


「本日の記録を保存します」


形式的な言葉。


だが、その後に続くものが変わる。


「重要度:高」


一拍。


さらに小さく。


「……対象:あなた」


彼女はそれを聞いていない。


前を見て歩いている。


夕日が沈む。


影が重なる。


完全には一致しないまま。


それでも——


離れない距離で。


本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。

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