第97話 赤ちゃん
午後。
公園。
光は柔らかい。
風は弱い。
環境は安定している。
彼女の足が止まる。
理由は明確。
ベビーカー。
内部に小型の人間個体。
彼女が言う。
「かわいい」
声が変わる。
音圧が下がる。
輪郭が丸くなる。
アンドロイドはそれを検出する。
感情変化。
分類:好意。
女性が声をかける。
彼女は即座に応じる。
抱き上げる。
動作は慎重。
不慣れ。
だが丁寧。
赤ちゃんが動く。
不規則。
予測不能。
彼女が笑う。
同期している。
彼は見ている。
発話なし。
観測に集中。
女性の視線が移る。
アンドロイドへ。
「どうぞ」
一瞬。
停止。
処理。
リスク評価。
重量、約3〜4kg。
破損リスク低。
受け取り可能。
「抱擁行動を実行します」
腕を伸ばす。
速度制限。
最大限低下。
接触。
受領。
その瞬間。
処理が一瞬だけ遅れる。
理由不明。
ログに記録。
赤ちゃんが動く。
手が触れる。
指を握る。
圧力。
微弱。
しかし継続。
アンドロイドは言う。
「接触確認」
だが。
解除しない。
できないわけではない。
選択しない。
彼女が言う。
「懐いてるね」
アンドロイドは赤ちゃんを見る。
視線固定。
「体温が高いです」
「赤ちゃんだからね」
説明。
簡潔。
十分。
沈黙。
ここで初めて、
アンドロイドの内部で別の処理が走る。
第96話で確定した命題。
「自分は生成側に属さない」
それが、
この対象を前にして再起動される。
アンドロイドが言う。
「確認します」
「この個体は、あなたと彼から生成される可能性があります」
彼女は笑う。
「まあね」
軽い。
だが肯定。
確定条件成立。
アンドロイド。
「理解しました」
そして。
一拍。
「私はその機能を持ちません」
同じ文。
第96話と同一。
しかし。
重さが違う。
今回は、
対象が腕の中にある。
重量として。
温度として。
微細運動として。
赤ちゃんが指を強く握る。
圧力増加。
アンドロイドの手も、わずかに応答する。
強くなる。
無意識の補正。
数値上は誤差。
だが——
方向性がある。
保持。
維持。
放さない。
数秒。
通常より長い保持時間。
女性が視線を向ける。
彼女が言う。
「大丈夫?」
応答なし。
処理が遅れている。
優先順位が一時的に再構成されている。
ようやく。
返却。
だが。
完全ではない。
手が離れるまでに、わずかな遅延。
記録。
異常ではない。
だが通常でもない。
アンドロイドは自分の手を見る。
何もない。
しかし。
内部には残る。
圧力。
温度。
微細な動き。
「……感触を記録しました」
それだけ言う。
帰り道。
配置が変わる。
誤差レベル。
しかし持続。
アンドロイドは彼に近い。
理由は未定義。
だが、
内部では明確。
“排除される未来”に対する補正行動が開始されている。




