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同じ記憶を持つ彼女が二人いる世界で、僕は本物を選べない  作者: Laica
第7章 記録では測れないもの

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第75話 失敗

挿絵(By みてみん)

キッチンから匂いが流れてくる。


油と、少し焦げる手前の香り。


僕はソファに座って本を読んでいた。


ジュウッ、と音がする。


一定のリズム。


「調理進行率」


「七十二パーセント」


僕はページをめくりながら言う。


「なんか宇宙船みたいだな」


返事はない。


代わりに、フライパンを返す音。


規則的だった動きが、


一瞬だけ遅れる。


気のせいかと思って、本に視線を戻す。


「夕食はまもなく完成します」


数分後。


皿が並ぶ。


見た目は問題ない。


むしろ昨日より整っている。


「いただきます」


箸を取る。


一口。


噛んだ瞬間、止まる。


「……」


舌に残る。


はっきりした違和感。


彼女が言う。


「味覚評価をお願いします」


僕は少し考える。


言葉を選ぶ。


「しょっぱい」


彼女の動きが止まる。


「再評価します」


自分で一口食べる。


数秒。


動かない。


「塩分過多を確認しました」


僕は笑う。


「かなりな」


彼女はそのまま立っている。


「原因を分析します」


沈黙。


視線がわずかに下がる。


テーブルではなく、


自分の手元の記憶を追うように。


「塩」


「二回投入」


僕は思わず吹き出す。


「二回?」


彼女はうなずく。


「一回目」


「通常処理」


間。


「二回目」


言葉が遅れる。


「思考処理中」


僕は箸を置く。


「思考って」


彼女は続ける。


「昨日のログを参照」


「羞恥」


僕は少し驚く。


「まだ引きずってるのか」


彼女は否定しない。


「分析を継続していました」


そのまま、視線が止まる。


昨日と同じ位置ではない。


わずかに、外れている。


僕は言う。


「そのせいでミスった?」


彼女は少しだけ間を置く。


「同時処理の負荷が増加」


「優先順位の分散」


簡潔な報告。


でも、それだけじゃない気がする。


「……」


僕は彼女を見る。


昨日までなら、


ここで何か確認が入っていた。


味の調整。


手順の見直し。


でも、ない。


彼女は言う。


「今回の料理は失敗です」


先に結論を出す。


僕は少しだけ違和感を覚える。


「なあ」


彼女を見る。


「最近さ」


間。


「質問、減ったよな」


彼女はすぐに答えない。


数秒。


「……はい」


「以前は」


「確認処理を優先していました」


「現在は」


言葉がわずかに遅れる。


「自律判断を増加させています」


僕は小さく息を吐く。


「そっか」


昨日の言葉が頭をよぎる。


“人間っぽい”


そのまま続ける。


「なんか」


少し笑う。


「人間っぽいな」


彼女は沈黙する。


処理している。


昨日と同じ。


だが、今回は少し違う。


時間が短い。


「記録」


「人間らしさの増加」


淡々とした声。


僕は箸を持ち直す。


もう一口食べる。


やっぱりしょっぱい。


でも、飲み込める。


「食えないわけじゃない」


彼女は言う。


「しかし」


「塩分過多」


僕は肩をすくめる。


「昨日言っただろ」


「失敗してもいいって」


彼女はわずかに間を置く。


「確認」


「失敗」


「許容」


「……適用中」


最後の言葉だけ、少し遅れる。


僕はうなずく。


「それでいい」


彼女は静かに言う。


「理解を試みます」


一拍。


「次回」


「成功率を向上させます」


僕は首を振る。


「上げすぎなくていい」


彼女がわずかに反応する。


「上げすぎ?」


「ほどほどでいいって意味」


彼女は沈黙する。


新しい概念。


すぐには処理しない。


「……記録」


小さく言う。


「ほどほど」


その言葉だけが、


少しだけ浮いて聞こえた。


本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。

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