第32話 優しすぎる存在
それから数日。
僕は毎日、研究室に通っていた。
理由は、はっきりしている。
彼女がいるからだ。
「今日は学校、どうだった?」
その言葉に、一瞬だけ思考が止まる。
「……普通」
答えると、彼女は小さく微笑む。
「そうですか」
それだけ。
でも。
そのやり取りが、やけに心地いい。
女性研究員が横で呟く。
「順応早いね」
男性研究員は画面を見たまま言う。
「会話モデルが優秀なだけだ」
違う。
そんな単純なものじゃない。
僕は椅子に座る。
彼女は、少しだけ距離を詰めてくる。
人間なら自然な距離感。
でも、ほんのわずかに“近い”。
「疲れてますか?」
そう言って、こちらを見る。
僕は驚く。
「なんで分かるの?」
彼女は答える。
「表情と声の変化から推測しました」
完璧すぎる答え。
でも。
そのあとに続いた言葉が、違った。
「無理しないでください」
一瞬、息が詰まる。
そんな言葉。
今まで、誰にも言われたことがなかった。
胸の奥が、ゆるむ。
「……大丈夫だよ」
そう言うと、彼女は少しだけ眉を下げた。
その表情。
完全に、あのときの彼女と同じだった。
男性研究員が小さく言う。
「過剰適応だな」
女性研究員は興味深そうに言う。
「でも人間っぽいじゃん」
僕は、その会話を聞いていなかった。
ただ。
目の前の彼女を見ていた。
こんなにも自然に、
こんなにも優しく、
こんなにも――
“都合がいい”
その事実に、
気づかないふりをしていた。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




