第24話 遺されたものの意味
数日が過ぎても、現実は変わらなかった。
教室の席。
帰り道。
公園のベンチ。
どこにも、彼女はいない。
なのに、
消え方だけが、妙に整っている。
事故のはずなのに、
何も残っていない。
目撃証言は曖昧で、
ニュースにもならない。
まるで――
最初から存在していなかったみたいに。
放課後。
あの日と同じ道を歩く。
ポケットの中。
ぬいぐるみ。
指でなぞる。
縫い目。
あのとき感じた違和感。
「……やめとけよ」
誰に向けたのか分からないまま、呟く。
でも、足は止まらない。
家に戻る。
ハサミを手に取る。
しばらく動けなかった。
「……なんで」
答えは出ない。
だから――切った。
中から出てきたのは、
小さなチップだった。
指先ほどの、軽すぎる記録媒体。
こんなもので、
何が残せる。
何が――残っている。
「……ふざけんな」
震える手でパソコンに接続する。
画面が開く。
フォルダは一つだけ。
『FOR YOU』
しばらく、クリックできなかった。
これを開けば、
全部が決まる気がした。
それでも、
指は止まらなかった。
再生。
画面に彼女が映る。
『これを見てるってことは、たぶん成功してるね』
いつもの声。
いつもの顔。
でも、
ここにはいない。
『ごめんね』
それだけで、十分だった。
『事故じゃないよ』
心臓が強く鳴る。
『そういうことにされるだけ』
『私は、元々こうなる予定だったの』
意味が分からない。
分かりたくない。
『でもね』
少しだけ笑う。
『君と過ごした時間は、本物だから』
その言葉が、刺さる。
本物だった。
じゃあ、
なんで消える。
画面の中の彼女が、まっすぐこちらを見る。
『だからお願い』
嫌な予感しかしなかった。
『私を、残して』
息が止まる。
『データは全部入れてある』
『体の構造も、声も、動きも』
『全部』
ありえない。
一人の人間が、
こんな小さな中に入るわけがない。
『君ならできるって思った』
『だから、君を選んだ』
「……勝手に決めんなよ」
声が漏れる。
彼女は少しだけ困ったように笑う。
『これは命令じゃない』
『お願い』
その言葉が、一番重かった。
そして――ほんの一瞬だけ、間があった。
迷ったような、ためらったような。
『しばらく、君の前にはいられなくなる』
呼吸が止まる。
『でも』
ほんの少しだけ、声がやわらぐ。
『終わりじゃないから』
意味が、すぐには理解できなかった。
『だから』
ゆっくりと、言葉を選ぶように。
『もう一度、私に会いに来て』
画面越しに、まっすぐ見てくる。
『その時までに――』
そこで、ほんの一瞬だけノイズが走った。
映像がわずかに揺れる。
彼女の言葉が、途中で切れる。
『……』
無音。
次の瞬間。
何事もなかったように、映像が戻る。
彼女は、いつもの表情で微笑んでいた。
『待ってる』
画面が止まる。
部屋の中は、静まり返っていた。
音がない。
呼吸だけがうるさい。
理解が、追いつかない。
死んだはずなのに。
いないはずなのに。
終わったはずなのに。
「……ふざけんな」
吐き出す。
チップを抜く。
机に置く。
視線を逸らす。
こんなもの、
受け入れられるわけがない。
勝手にいなくなって、
勝手に残して、
勝手に任せて。
「……やるかよ」
そう言ったはずだった。
なのに。
数秒後には、
またチップを見ている。
手が伸びる。
止まらない。
「……なんで俺なんだよ」
答えはない。
でも、
分かっている。
最初から。
彼女は、
僕にしか渡していない。
僕しか、
これを開けない。
逃げられない。
チップを握る。
強く。
痛いくらいに。
「……一回だけだ」
言い訳みたいに呟く。
「一回だけ、確かめる」
それが嘘だと、
自分でも分かっていた。
でも、
それでいいと思った。
その瞬間。
もう決まっていた。
僕は――
彼女を作る。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




