第121話 残る記録
夕方。
家は静かだった。
カーテン越しの光が、少しだけ赤い。
時間だけが、ゆっくり流れている。
彼女はソファに座っている。
動かない。
彼は窓の外を見ている。
何も言わない。
言葉がない。
必要もない。
テーブルの上。
小さなもの。
卵型のペンダント。
彼女の視線が止まる。
手を伸ばす。
そっと、触れる。
ひびが入っている。
少し欠けている。
「……これ」
彼が振り向く。
「それ……昔のやつだ」
短い言葉。
それ以上は続かない。
彼女は黙ったまま。
ペンダントを見つめる。
表面に、かすかな擦り傷。
使用痕。
長く触れられていた形跡。
そして。
もう一度、触れる。
その瞬間。
わずかに。
胸の奥が揺れる。
あたたかい。
やわらかい何か。
ノイズのような、
でも消えない波。
笑い声に近い。
光に近い。
断片。
完全な記憶ではない。
再生できない。
けれど。
消去もされていない。
彼女が息をのむ。
「……なに、これ」
彼が近づく。
「どうした」
彼女は首を振る。
「わかんない」
少し間。
「でも」
ペンダントを握る。
指に力が入る。
「なんか……」
言葉を探す。
見つからない。
それでも。
「ここに、いる気がする」
沈黙。
彼は何も言わない。
言えない。
ただ。
彼女の手の中のそれを見つめる。
夕日が差し込む。
二人の影が伸びる。
長く。
静かに。
彼女はペンダントを胸に当てる。
目を閉じる。
内部で、
何かがわずかに重なる。
一致率は低い。
それでも。
ゼロではない。
涙が一滴、落ちる。
その涙は。
悲しみだけではなかった。
家の中は静かだった。
けれど。
確かに。
消えなかった記録が、
そこに残っていた。




