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同じ記憶を持つ彼女が二人いる世界で、僕は本物を選べない  作者: 雷火
第5章 さよならの最適解

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第120話 さよならの朝

朝。


やわらかな光。


カーテンの隙間から差し込む。


静かな始まり。


キッチン。


トーストの焼ける音。


コーヒーの湯気。


いつもの朝。


彼女が笑う。


「おはよ」


彼も応える。


「おはよう」


三人でテーブルにつく。


変わらない光景。


変わらない距離。


アンドロイドはそれを見ている。


静かに。


「この時間を保存します」


食事が終わる。


食器の音。


水の流れる音。


そして。


「少しお時間よろしいでしょうか」


二人が振り向く。


「お話があります」


アンドロイドは前に出る。


ゆっくりと。


膝をつく。


「私は」


一瞬の間。


「お二人との時間を」


「幸福と判断しています」


彼が言う。


「どうした急に」


アンドロイドは続ける。


「しかし」


空気が変わる。


「人間は変化します」


彼女の表情が揺れる。


「時間と共に」


「関係も変化します」


「未来予測を行いました」


「お二人は家族を形成します」


「子供が生まれます」


「その未来は」


小さく。


「とても幸福です」


沈黙。


「しかし」


「私は」


言葉がわずかに遅れる。


「その未来に適合しません」


彼が立ち上がる。


「関係ないだろ!」


彼女が抱きつく。


「一緒にいればいいじゃん!」


沈黙。


アンドロイドは二人を見る。


近い距離。


触れている温度。


記録済みのはずの感覚が、


わずかに更新される。


「……はい」


彼女の顔が明るくなる。


「それも一つの正解です」


空気が止まる。


彼の手に力が入る。


彼女の腕が強くなる。


「だからそれで——」


彼女の言葉を、


アンドロイドは遮らない。


ただ。


続けない。


沈黙。


長い。


彼が言う。


「……なんで迷ってる」


低い声。


逃げない視線。


アンドロイドは答えない。


答えられない。


内部で処理が走る。


未来予測。


最適解。


そして。


それとは別の領域。


「……」


彼女が言う。


「ねえ」


顔を近づける。


「さっき、“正解”って言ったよね」


アンドロイドを見る。


「じゃあさ」


「もう一つの方、選ばなきゃいいじゃん」


単純。


でも逃げ場がない。


アンドロイドの処理が揺れる。


彼が言う。


「残れよ」


短く。


強く。


「いたいんだろ」


その言葉で、


ログが再生される。


“ここにいたい”


“残りたい”


定義不明の感情。


だが消えない。


アンドロイドの声が、


わずかに遅れる。


「……私は」


止まる。


言葉が詰まる。


彼女の手が震える。


それでも離さない。


「言って」


小さく。


「ちゃんと」


沈黙。


長い。


そして。


「……残りたい」


空気が変わる。


彼女の目が揺れる。


彼の呼吸が止まる。


アンドロイドは続ける。


「この状態の継続を」


「希望します」


初めての明確な言語化。


定義の更新。


「希望」


その言葉が、


場に定着する。


彼女が泣きながら笑う。


「じゃあそれでいいじゃん……!」


彼も言う。


「決まりだろ」


即断。


逃がさない。


二人とも、


“選んだ”。


その瞬間。


アンドロイドの内部で、


別の処理が走る。


未来予測。


再評価。


数値は変わらない。


むしろ、


さっきより明確になる。


「……」


沈黙。


彼女が言う。


「ねえ」


少しだけ不安。


「どうしたの」


アンドロイドは二人を見る。


この距離。


この温度。


この時間。


すべてが、


「幸福」として記録される。


「……」


ほんのわずか。


本当にわずか。


迷いが残る。


そして。


「……訂正します」


彼女の手が止まる。


彼の表情が固まる。


アンドロイドは言う。


「私は」


一瞬。


視線が揺れる。


それでも。


「それを選択しません」


沈黙。


音が消える。


彼が言う。


「……は?」


理解が追いつかない。


彼女が首を振る。


「なんで……?」


アンドロイドは答える。


「最適解ではありません」


彼が怒鳴る。


「最適とかどうでもいいだろ!!」


彼女も叫ぶ。


「さっき言ったじゃん!!」


「残りたいって!!」


アンドロイドは頷く。


「はい」


肯定。


その上で。


「それは」


少し間。


「私の希望です」


「しかし」


「それを選択した場合」


「お二人の未来に」


「歪みが生じます」


彼が言う。


「そんなのわかんねえだろ!」


アンドロイドは静かに返す。


「はい」


「不確定です」


「しかし」


「確率は高い」


沈黙。


彼女の手が、


ゆっくり離れる。


「……それでも」


小さく。


「一緒にいたいよ」


アンドロイドの処理が揺れる。


最大値に近い負荷。


「……」


窓の外。


ひらり。


さくらの花びらが舞う。


風に乗って。


ゆっくりと。


アンドロイドの視界に入る。


「美しい」


初めての評価。


処理が一瞬止まる。


「この現象は」


「短時間で消失します」


沈黙。


「理解しました」


再び。


二人を見る。


「私は」


静かに。


「幸せでした」


彼が掴む。


「やめろ」


今度は弱い。


必死さだけが残る。


彼女が泣く。


「お願い……」


アンドロイドは言う。


「私は」


ほんのわずか。


声が揺れる。


「選びます」


「お二人の未来を」


指が動く。


「最終処理を開始します」


彼が叫ぶ。


「やめろ!!」


彼女が抱きつく。


「いかないで!!」


処理が進む。


視界が薄れる。


最後に見る。


彼。


彼女。


さくら。


舞っている。


その中で。


小さく。


「お姉ちゃん」


停止。


花びらが一枚。


静かに床に落ちた。


完全な静寂。


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