第九十六話 市庁舎
王城区画へ近づいたのは、九月二日だった。
市庁舎の周囲は、濡れた鉄のように光る黒い壁で囲まれていた。海から離れているのに潮と泥の臭いが強く、壁の向こうでは一定の間隔で金属を打つ音がする。
壁は一つの建物だけを囲っていない。西の旧図書館、東の議会棟、南の立体駐車場。その間にあった道路まで取り込み、市庁舎を中心にした城へ変えている。
信号機が壁の途中から突き出ていた。赤灯だけが電源を失ったまま斜めに残り、その下へ黒い見張り台が組まれている。
別の世界に城があるのではない。
東浜の建物の上へ、作られていた。
無人機の観測図を、人間側の道路図へ重ねる。
黒い線は三方向から集まっている。
北東公園。
港側の低温倉庫。
地下駅南の雨水調整槽。
三つとも地下に水路があり、泥井戸の候補だった。壊すだけなら難しくない。中身が水路へ流れたあとでは戻せない。
「先に、流れる場所を分ける」
『止水班を三つに分けます。位置が確定するまで触れません』
東條の返事を聞き、ガルと西壁を回る。
西門へ向かう黒い蹄の跡は二体分あった。事前映像で確認したアイアンボア。壁の内側には、鎖を引く大型オーガの影もある。
正面戦力はそこだ。
ガルが旧図書館の方向で止まった。
魔物と泥の臭い。その奥に、人の汗があるらしい。
「何人いる」
ガルは答えない。一人や二人ではない時の反応だった。
壁の隙間から中を見る。
図書館の正面扉は外され、代わりに丸太と黒根の柵がある。柵の向こうで人の腕が動き、すぐに引っ込んだ。袖は汚れていたが、オークのものではない。床近くには空のペットボトルが何本も寄せられている。
『人の反応?』
千景へ映像を送る。
「複数いる。西門と同じ線じゃ救助できない」
『図書館側を住民区画として分ける。正面の戦闘線を重ねない』
地図の西側に青い枠が出た。
東の議会棟には新しい人の匂いがない。屋上に弓兵。南の立体駐車場は一階が泥で塞がれ、上層を魔物の待機場所にしている。
中央の中庭には、大型のオーガがいた。
肩から膝まで黒鉄の鎧。立てた王棍は街路灯より太い。
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オーガキング・バルガン
個体Lv:42
種族格:III
主要特性:高耐久、黒鉄鎧、自己再生、眷属指揮
弱点候補:詳細不明。
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鑑定を閉じる。
三本の黒い脈が中庭へ入り、バルガンの足元で一本にまとまっていた。そこから別の脈が、市庁舎地下へ落ちている。
王と中枢は同じ場所ではない。
西では人を出す。北東、港、南では三本の水を止める。中央で王を倒し、最後に地下で占領状態そのものを止める。一つの黒い城に見えていたものを、重ならない六つの仕事へ分けて地図に置いた。
『今日は入らないんだよね』
千景が聞いた。
「位置を持ち帰る。次は西側から人を出す」
『分かった』
黒壁の中で、鉄槌が一度鳴った。
二頭のアイアンボアが頭を上げる。鎖を持つ前衛長が、西門へ向きを変えた。
こちらに気づいた。
ここで始めれば、西の柵の人間を巻き込む。戦うのは次だ。
白線へ戻りながら、住民区画と正面戦闘線が重ならない位置を送った。




