第88話「外」
「……次は“上”だな」
そう口にした瞬間、空気が止まった。
風が止んだわけじゃない。
「……っ?」
何もしていない。
だが、確かに変わる。
「……違うな」
感覚。
空間。
それら全部が、どこかへ“引かれて”いく。
レオンが低く告げた。
「……来るぞ」
次の瞬間。
空が、音もなく“開いた”。
「……またか」
神崎が顔をしかめる。
だが、在真はすぐに首を振った。
「……違う」
今まで見てきた裂け目とは質が違う。
「……軽すぎる」
圧がない。
存在感もない。
なのに——。
「……いるな」
そこに“何か”がいると分かる。
神崎が眉をひそめる。
「……なんも感じねぇぞ」
「……だろうな」
在真は目を細めた。
「……下じゃない」
「……上だ」
その瞬間、“それ”が降りてきた。
ゆっくり。
静かに。
人の形に見える。
だが、見えるだけだ。
「……人か?」
神崎の声にも自信がない。
在真は即座に否定した。
「……違うな」
存在が薄い。
いや、薄いんじゃない。
薄く見せているだけで、その裏に重なりがある。
「……重ねてるな」
複数。
同時に存在している。
神崎が固まる。
「……は?」
「……なんだよそれ」
“それ”がこちらを見る。
「……次元が違うな」
レオンが初めて、はっきりと構えた。
「……危険だ」
だが——。
「……いい」
在真は少しだけ笑う。
「……上が来たな」
“それ”が口を開く。
音はない。
それでも意味だけが、直接頭の奥に流れ込んできた。
『観測』
静寂。
「……観測か」
短く返す。
『異常個体確認』
「……俺か」
その言葉に肯定も否定もない。
ただ、事実として置かれるだけの冷たさがあった。
“それ”がわずかに動く。
次の瞬間——。
空間が消えた。
「……っ!?」
何もない。
完全な“無”。
神崎の声が遠くで歪む。
「……やばいな」
レオンの気配も急速に薄れる。
「……切り離されたか」
残ったのは、“それ”と在真だけ。
完全な隔離だった。
だが、在真は剣を構える。
「……いいな」
ようやく向こうも、余計なものを挟まず直接来る気になった。
「……上、か」
“それ”が、もう一度こちらを見る。
『排除判定開始』
静かに、そう告げた。




