第九十五話 交代日
八月二十四日、東浜へ行かない日だった。
午前五時半に目が覚めた。
作戦開始時刻と同じだったが、枕元の端末に出ているのは警報ではない。交代確認。今日の北西線は神崎隊と第二攻略班、救助路は二班、道路班は午前と午後で入れ替わる。
俺とガルの欄には、休養と書かれていた。指で画面を送っても、その下に別の任務はなかった。
画面を閉じる。
ガルはまだ寝ている。肩帯を外した右肩には、薄く毛の短い場所が残っていた。
朝食を作る。
米を炊き、味噌汁へ豆腐と冷凍していた葱を入れる。鍋の湯気で台所の窓が曇り、東浜の黒い泥とは違う湿った匂いが家へ戻った。ガルには肉と湯で戻した乾燥野菜を分けた。
食べ終わるころ、北西線から最初の更新が届く。
駅北側、異常なし。
補給坑ひとつ、閉鎖作業開始。
死者確認なし。
返信は求められていない。それでも三つとも開き、時刻だけ覚えた。箸を置いたあとも、画面の隅に新しい赤印が出ていないか何度か確かめた。
洗濯機を回す。
東浜へ着ていく防護服は拠点で洗浄されている。家で回しているのは、昨日帰ってから着替えた服とタオルだけだった。黒い泥は付いていない。
干し終えると、大学の夏季課題を開く。
災害時通信の途絶と復旧。
題だけだったファイルには、封葬墓苑で外部接続が切れた九日間と、東浜の中継局が落ちた時刻を分けて書き始めていた。
迷宮による接続遮断と、設備破壊による通信途絶は同じではない。
書いている途中で、東條から駅北側の写真が来る。昨日まで通れなかった道路へ、小型の発電車が入っていた。
課題へ貼りそうになって止める。
公開可能な資料ではない。
代わりに、大学の公開記録から川代の基地局復旧図を探した。
午前十時、ガルの肩を洗う。
傷は閉じていたが、長く走った次の日だけ周囲が熱を持つ。濡れた布で拭き、指を二本当てる。
「痛いか」
ガルは前を向いたまま耳だけを動かした。
反応がないから痛くないとは限らない。左右を同じ力で押し、右だけ身を引く場所へ印をつける。
俺の左腿も同じだった。
平地では歩ける。階段を続けると引きつる。診療所で画像を撮り、筋肉の奥に炎症が残っていると言われた。
「明日は」
「短時間なら。痛みが出る前に交代してください」
「出てからじゃ遅いのか」
「今日はそのために休んでるんでしょう」
返す言葉がなかった。
午後、天羽々斬の鞘と鍔を点検する。
刃には問題がない。鞘の内側へ細かな砂が入り、抜く時にわずかな抵抗があった。分解して布を通す。
ガルの新しい肩帯も縫い目を確かめた。交換用の留め具を一つ追加し、壊れた時には引けば外れる位置へ通す。
戦わない日のほうが、戦うために触るものが多かった。
夕方、千景から地図の更新が届く。
『今日は北線、二百十メートル進んだ。帰宅許可はまだ』
『杭は』
『四本点検済み。二本は明日』
『肩も見てもらえ』
しばらく返事がなかった。
『在真もね』
短い文のあとに、休養欄へ双方確認済みの印がついた。
夜、ガルは家の裏へ向かわず、居間の床へ腹をつけた。
俺も入口は見に行かなかった。
翌朝の補給袋を玄関へ置き、大学課題を保存する。
布団へ入ってから北線の最終更新を一度だけ開く。俺たちがいなかった場所にも白い線が二百十メートル伸び、その時刻の横には別の班の名前が残っていた。




