第九十四話 長い解放戦
駅の巣を止めても、白い札だけでは車が通れなかった。
階段、割れた舗装、倒れた街路灯、黒い根の死骸が、白い札の間に残っている。人が一列で歩ける道と、担架や資材を運べる道は違った。
八月十八日、午前六時。
千景は駅から救護所までをもう一度歩いた。六本の標杭を二十メートルずつ動かし、その後ろから構造班と道路班がついてくる。
「そこ、切らないで」
天羽々斬を止める。
道路へ倒れた看板の下に、黒根が挟まっていた。
「根だけなら切れる」
「看板の脚が水道の蓋を押さえてる。反動で蓋ごと跳ねるかも」
「どうする」
「ゆっくり持ち上げて」
刀を鞘へ戻し、看板の端へ手を掛ける。
一気には上げない。少しずつ浮かせ、構造班が下へ角材を入れる。工具で黒根を切り終えてから、三人が手を離したのを確認した。
「下ろす」
「うん」
路肩へ置く。水道の蓋は動かなかった。
午前七時四十分。
ガルが瓦礫の間へ鼻を入れ、小型の魔物を三体見つけた。
作業員が工具を置いて下がる。俺とガルだけが前へ出る。
一体目の短剣を外へ払い、胸核を切る。ガルが右の一体へ噛みつく。最後の一体は瓦礫へ戻った。
追って道を外れず、出口側へ風を通す。
隠れ場所から出てきたところをガルが止めた。
三体が動かなくなると、作業員が戻る。死体と核を別の袋へ入れ、時刻を記録した。
戦った時間は十分もない。
その後の二時間、俺はほとんど待っていた。目の前の瓦礫ならすぐに切れるのに、計測器の数字が落ち着くまで手を出さず、作業員が合図するたび半歩ずつ場所を空けた。
舗装の強度を測り、ガスを止め、割れた窓へ板を打つ。崩れた壁へ番号をつける。一つ終わるたび、標杭を一本抜く。
代わりに反射板と物理標識が置かれた。
日付、時刻、最後に歩いた班の名前。
千景だけの名前ではない。東浜第一救助隊、第二構造確認班、西部受付。通行不能へ戻した場所には、その理由も残る。
正午、俺とガルは交代した。
午前の地図を次の戦闘班へ渡し、医療幕で左腿とガルの肩を見せる。昼食は冷えたおにぎり二つと、塩の強い汁だった。
午後は刀を抜かなかった。
補給箱を運び、回収した杭の泥を落とす。救助隊が使った防護面を数え、足りない大きさを次の日の表へ書く。
夜、占領域の太鼓が三度鳴った。
警報班が起き、休息班は耳栓をしたまま眠る。俺の番は翌朝だった。ガルを起こさず、交代記録だけを読んだ。
八月二十日には、駅から北側の仮設荷さばき場まで小型運搬車が入った。
二十二日には、担架を載せた救助車両が一台だけ通った。
入口で待っていた人たちは、自宅の鍵や家の写真、管理会社の腕章を持って道路の向こうを見ていた。警備員へ聞く順番を譲り合っても、誰も列そのものから離れなかった。
「今日、入れますか」
警備員へ何度も同じ質問が向く。
答えは変わらない。
一般通行不可。帰宅許可なし。
道が開いたことと、帰れることは同じではなかった。
「表示、これでいい?」
千景が端末を見せる。
復旧道路予定線。救助・構造車両のみ。最終確認、八月二十三日午後四時十二分。
「通れる、だけじゃ駄目なのか」
「通れるって書いたら、家まで行けると思う人がいる」
待っている人たちを見る。
「いつ帰れる」
「私は決められない」
千景は地図へ、帰宅許可未定、と足した。
六本目の標杭を抜く。表面の黒い泥を拭い、一本ずつケースへ戻す。
角が欠けたもの。鉤を掛けられた跡が残るもの。
全部を検査へ回し、翌日は別の杭を使う。
解放戦は、王城へ向かう一本の線ではなかった。
前へ進む日と、道を太くする日と、同じ場所をもう一度確かめる日が重なっていた。
もう何日目なのか、数える者はいなかった。




