第九十三話 杭を守る
身体はホームへ向きかけていた。
巣核は、もう近い。
階段の上から黒い鉤が飛び、三本目の杭へ掛かる。
右足を止めた。左腿の傷より先に身体がホームを選びかけていたことが、踏み直した時の痛みで分かった。
「ガル、戻る」
駅務室から運び出された担架の後ろを抜け、改札へ走る。二本目と三本目の間には、まだ救助隊と残る三人がいる。
黒い鉤の鎖を切った。
反動でゴブリンが階段から落ちる。後ろの七体が左右へ散った。
ガルが一体へぶつかり、杭から引き離す。千景は三本目の前に立たず、二本目との間まで下がっていた。
別の一体が鉤を振る。
「左から来る」
千景の声に合わせ、風を階段の壁へ当てた。鉤が柱へずれる。
腕の内側へ入り、首を切る。
残る六体が、杭ではなく俺たちへ向きを変えた。
狭い階段では並べず、一体ずつ下りてくる。先頭の腕を外し、開いた首へ刃を通すと、倒れた身体が階段を塞いで後ろが止まった。
ガルが手すりの外側から上へ回った。最後尾へ体当たりし、二体を巻き込んで落とす。
「救助、止めないで!」
森川の声が後ろから聞こえた。
骨折者の担架は二本目を越えた。残る三人を瀬尾と小宮が挟み、足元の白線から外さず進ませる。
五体目の短剣を受け流す。
六体目はガルが押さえた。
七体目が三本目へ手を伸ばしたところで、手首を切る。最後の一体が動かなくなるまで、杭は抜けなかった。
「曲がってる」
千景が留め具へ触れる。
「使えるか」
「一度抜く。位置を取り直す」
俺とガルが階段上を押さえる。千景は地図を見直し、元の穴から二十センチ横へ打ち直した。
「時間」
小宮が記録を返す。
「十四時十七分。鉤二本、傾き十一度」
「接続、戻った」
白線が端末の上でつながる。
最後の一人が二本目を越え、骨折者の担架が地上側へ引き渡された。
『構造確認班、四名全員救出』
無線を聞いてから、ホームへ向き直る。
巣から来る魔物は、さっきの八体で途切れていた。
「今度は核へ行く」
「一本壊れたら戻って」
「分かってる」
「今みたいにね」
「戻っただろ」
「うん。戻った」
千景はそれ以上言わず、三本目の杭へ番号札を付け直した。
ホームへ下りる。
巣核は停止した車両の下にあり、黒い鉄板を線路と改札へ送り続けていた。
車体ごと切れば届く。
それを避け、車輪の隙間から三本の継ぎ目を探す。
車輪の右、中央、左にある継ぎ目を一本ずつ切ると、改札側の隔壁がようやく動かなくなった。
ガルが車両の反対側へ回り、床下の核を前脚で引き出す。赤黒い塊へ刀を入れた。
ホームの黒い脈が止まる。
駅は元には戻らなかった。
天井は落ちたまま、車両の窓は割れ、線路には泥が溜まっている。追加された札は、安全ではなく立入禁止だった。
帰り道で、千景は六本の杭を全部確かめた。三本目ではしゃがんだまま少し長く留まり、鉤で削れた縁を指先でなぞる。
「核より先に戻ったね」
「あの道が切れたら、四人が出られない」
「そうだね」
三本目の記録へ、千景が新しい時刻を入力する。
白い線は駅の入口で終わらず、四人が運ばれた救護所までつながっていた。




