第九十二話 地下駅
三日前に鉄片を受けた経路班員は、腱も神経も切れていなかった。
その処置記録を確認している間に、駅へ南側の非常階段から入った構造確認班四人が閉じ込められた。
巣が更新し、黒い隔壁が階段を塞いだ。一人は右脚を骨折。駅務室の非常用有線電話だけが外へつながっている。
「四人とも応答あり。水は今日まで」
八月十五日、千景が駅の見取り図を地面へ置いた。右肩には固定帯が残っている。
布の上に標杭が六本。
「ここまでしか作れない」
入口、地下商店街の分岐、階段下、改札、ホーム手前、救護線。千景が指でたどる。
「一本壊れたら、前へ進まずその一本まで戻る」
「分かった」
瀬尾隊三人と救助隊も同じ地図を見る。
小宮が先に西連絡路へ入り、探査棒で床と壁を確かめた。三日前に止めた圧板には赤い覆いが掛かり、落下針は回収されている。
「線、一本残ってる」
壁の裏から伸びた警報線を見つけ、位置だけを記録する。切る前に全員が角の外まで下がり、瀬尾が索で張力を抜いた。
今度は何も飛ばなかった。
一本目、二本目と千景が標杭を打つたび、瀬尾が位置と時刻を読み、小宮が地図へ書く。森川は救助隊と中央に残り、誰かが負傷した時に前後どちらへも動ける位置を取った。
階段を下りる。
錆、濡れたコンクリート、古い電気。その下に黒い泥と魔物の臭いが重なっている。
三本目を階段下へ置いた。
改札の向こうで、黒い壁が動く。
壁ではない。巣から伸びた薄い鉄板が、改札機と柱の間を塞いでいた。黒い表面へ古い路線案内の光が鈍く映る。端を切っても、床下から新しい板が歯のようにせり上がった。
根元はホーム側だ。
「四人は」
奥から、小さな打撃音が三回した。
駅務室の方向。
「いる」
千景が有線回線を開く。
『応答できます。右脚は固定済み。扉の外に魔物がいます』
「先に道を開ける」
黒い隔壁は床下の脈に合わせて開閉していた。
ガルが隙間へ鼻を入れ、右、左と、次に開く側を短く吠える。開いた瞬間だけ根元を切る。
一枚目、二枚目と開いた瞬間に根元を断ち、改札一列分の幅を作った。
四本目を改札前へ置く。五本目は駅務室へ続く通路の手前。
扉の前には、黒い槌を持つオークが三体いた。交代で扉を叩いている。
こちらに気づき、左右へ広がった。
ガルが中央へ走る。
俺は左。
右は救助隊の盾役が受け、倒そうとせず扉から離す。中央の槌へガルが噛みつき、引いた。肩が下がったところへ胸核を切る。
左の槌を受け流し、膝裏へ刃を入れた。倒れた首を切る。
右は救助隊が壁へ押さえたまま動かさない。瀬尾が横から短槍を差し、腕を止める。小宮が扉との距離を読み上げた。
「あと一歩、手前」
盾役が押し返す。
扉から離れたところで、俺が胸核を切った。
森川はもう駅務室の前にいる。
「開けます! すぐ立たないでください」
救助隊員が扉を三度叩く。内側から鍵が外れた。
四人のうち一人は床へ寝かされ、右脚に添え木が当てられている。残る三人も顔色が悪く、一人は空になった水筒をまだ握っていた。
森川が中へ入り、意識と呼吸、出血から確かめる。
「骨折者を先に。残り三人は水を少しずつ」
六本目の杭を救護線へ置く。
担架が駅務室を出た。
その時、階段の上で金属が鳴った。
「杭、三!」
千景の声が、暗い通路をまっすぐ戻ってきた。




