第九十話 戻らない人数
救護所の入口で、十二人の名前がもう一度読み上げられた。
一人ずつ返事をする。声の大きさは違い、名前を呼ばれてから肩を揺すられるまで目を開けない人もいた。それでも十二番目まで返事が続いた。
発熱した従業員と子供は先に病院へ。足を捻った女性と脱水の強い男性も、同じ車両へ乗せられた。残る八人は毛布を肩へ掛け、長机の前に座っている。
江崎だけが立っていた。
住所を書く欄で手が止まっている。
「そこ、今夜帰れる場所じゃなくてもいいんですか」
「住所は元のもので。避難先は下です」
職員が別の欄を指した。
江崎は店の住所を書き、避難先へ市外体育館と記す。家族の連絡先には、同じ番号を二度書いてから消した。
「つながらないんです」
「最後に連絡できた時刻だけで大丈夫です」
隣の机では、文具店の女性が病院の用紙を見ていた。
「夫じゃなくても、ここに書けますか」
「はい。指定連絡人なので、ご本人が選んだ方で構いません。面会を許可する方も、別に書けます」
「妹と、店の人を」
「二人とも書いてください」
職員は制度の説明を始めず、記入欄を二つ開けた。
女性が電話番号を思い出せず、江崎が自分の端末の連絡先を見せる。二人の指が同じ画面を何度も上下した。
救助した人数は十二人。
その十二人の用紙には、連絡のつかない名前がもっと多く並んでいた。
「大月さん、脚を見せてください」
医療班に呼ばれる。
「痛みは増えてない」
「痛みじゃなくて、傷を見ます」
固定布を外される。傷の縁は閉じているが、周囲が赤く腫れていた。
「今日は終わりです」
「救助経路の引き渡しだけ」
「もう終わってます。経路班が残っています」
反論する前に、ガルが横へ伏せた。肩帯を外され、右肩へ手を当てられている。走ったあとの熱が残っていた。
俺だけ続けるとは言えなかった。
椅子へ座り、救助隊の最終報告を見る。
地下区画、十二人、全員救出。
歩行困難二。発熱一。中等度脱水三。重篤なし。
その下に、家族所在確認中が七件。
住居立入不可が九件。
店舗立入不可が二件。
数字を見ていると、江崎が紙箱を抱えて前を通った。中にはエプロンと店の鍵、二十二日分の記録を折った紙が入っている。
「店は」
聞くと、江崎は足を止めた。
「立入禁止です。救助の道に使うから、シャッターも閉められないって」
「壁と水道は切ってない」
「見ました」
江崎はそこで少し迷った。
「ありがとうございます、でいいんでしょうか」
「分からない」
「私も分かりません」
それだけ言い、江崎は紙箱を抱え直して搬送バスへ向かった。箱の隙間から出たエプロンの紐が揺れていたが、地面へ落ちる前に自分で押し込んだ。
救助報告には全員生存と書かれ、その横で江崎の用紙には立入不可が二つ増えていた。どちらも間違いではなかった。
端末の地図を開く。
装備店まで延びた白線は残っていた。その周りには、まだ連絡のない建物がいくつもある。
王城へ向かう線は、昨日から進んでいない。
今日は進めない。
代わりに、十二人の名前が行方不明者一覧から外された。
一行ずつ消えたあとにも、三百の手前まで数字が残っていた。消えた十二行の空白も、画面を閉じるまではそのまま残っていた。




