第八十八話 地下の十二人
黒い根は、壁とシャッターを一緒に固めていた。
右に電気配管、左に給水管。中央の枠を残し、脈打つ節を四つ切る。
根が力を失ったところへ、救助隊員が手動巻き上げ機を掛けた。
シャッターが少しずつ上がる。
最初は人一人ぶん。中を確認し、担架を通すためにもう一段上げる。北回りで測った幅と同じところで止めた。
店内は荒れていた。
棚が倒れ、床には割れた瓶と黒い泥が広がっている。冷蔵ケースのガラスも砕け、値札のついた箱が踏まれたまま残っていた。
ガルは棚を越え、店の奥へ進む。
床扉があるはずの場所に、商品棚と黒根が重なっている。人の匂いは、その下から上がっていた。
「ここだ」
救助隊が棚を一つずつ動かす。俺は床板へ刃を入れず、黒根の節だけを切った。
最後の棚を退けると、鋼の扉が出た。
内側から鍵が掛かっている。
ガルが扉へ鼻をつけ、爪で一度だけ床を掻いた。俺は扉を三回叩く。
返事はない。外の銃声が壁を伝い、店の床へ置いた救助用ボンベがわずかに震えた。
耳をつけると、低い換気扇の音がした。もう一度、間を空けて三回。
内側から一回。
少し間があり、二回。
「救助に来た。聞こえるか」
扉脇の細い空気穴へ声を入れる。
『聞こえます』
掠れていたが、人の声だった。
「中に何人いる」
『十二人です』
「全員、生きてるか」
答えまで少し間があり、穴の向こうで誰かの咳と、宥める声が重なった。
『生きています。歩けない人が二人。熱が一人。子供は起きています』
救助隊員が人数と状態を書き取りながら、担架二台と小児用の防護面へ順に印をつけた。
「いつから」
『七月十八日から』
二十二日。
「名前は」
『江崎美和。店の者です』
「水と食べ物は残ってるか。換気は」
『水槽と浄水器があります。食事は一日二回。換気は二本です。非常電源は、弱くして……まだ動いています』
「残りは」
『食べ物はあと六日。水はもう少しあります。熱の薬は二回分。電源は……どこまで持つか、分かりません』
隊長が指で搬送順を示す。
防護面を先に中へ渡す。歩けない二人は担架。発熱者と子供を医療班へ先行させる。残る人間も二十二日間、外気へ出ていない。階段で急がせない。
『大月さん』
別回線で東條が呼んだ。
『王城側の観測路が開きました。予定線へ戻るなら今です』
地図には、ここから南へ抜ける細い線が出ていた。
鋼の扉へ手を置く。内側で換気扇が弱く回っている。
「今日は戻らない。十二人を出す」
『分かりました。南線は閉じます』
救助隊が扉前へ酸素と水を並べる。外では神崎隊が交差点側の魔物を押し戻していた。
「江崎さん」
『はい』
「今から開ける。急に上がらず、言われた順に動いてくれ」
『分かりました』
内側で鍵が一度回った。
途中で止まり、金属が擦れる。もう一度、重い音がした。
扉が内側へ開く。
地下から上がった空気は、汗と消毒剤と、長く閉じた部屋の臭いがした。
最初に出てきた女性は、明るさへ目を細めながらも階段を上ろうとしなかった。
「江崎です。人数を先に」
「こっちでも数える。中へ戻って案内できるか」
「できます」
声は震えていた。けれど、階段の下へ向き直った時だけは、閉じ込められていた全員を数え直す声になった。
防護面を渡し、歩けない二人から担架で上げる。次に発熱した人と子供。担架はシャッターを抜け、北回りの白線へ乗った。
一人。
二人。
外へ出るたび、救助隊が名前を照合する。
最後に江崎が階段を上がった。
「十二人」
隊長の確認に、江崎が自分を指してうなずく。
「全員です」
王城へ向かう線は一つ閉じたままだった。
代わりに、十二人が通るための白い道が残った。




