第80話「その先」
静かだった。
誰もすぐには動かない。
「……終わったな」
神崎がぽつりと呟く。
在真も短く返す。
「……ああ」
中央フィールドには戦いの跡だけが残っていた。
砕けた地面。
ひび割れの中に、まださっきまでの領域の気配が薄く貼りついている。
見えている景色は戻っているのに、感触だけが戻りきっていなかった。
「……見られてるな」
全員の視線。
神崎が笑う。
「……1位だな」
「……そうだな」
「……上に来た」
それだけは分かる。
レオンが前へ出る。
「……別だ」
「……だろうな」
1位になった実感は妙に薄い。
景色のほうが先に変わって、そこへ自分が追いついていない感じだった。
人の視線も、歓声も、少し遠い。
体の奥に残っているのは達成感より、まだ少しズレた感覚のほうだった。
短く返した、その時。
スクリーンがまた点灯した。
「……まだあるか」
映像。
黒。
「……見覚えあるな」
境界外。
あの異様な空間。
画面越しなのに、皮膚の内側が少し冷えた。
まだ向こうへ触れたままの場所が、体の中に残っている。
神崎も顔をしかめる。
「……あれか」
だが、レオンは首を振った。
「……違う」
「……階層か」
レオンが言う。
「……境界外にも“上”がある」
神崎が舌打ちする。
「ふざけんなよ。やっと終わった顔できると思ったのに」
「……終わってほしかったか」
在真がそう返すと、神崎は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……いや。お前はどうせ行くんだろ」
「……ああ」
静寂。
神崎が苦笑する。
「終わりじゃねぇのかよ」
ぼやきながらも、目は完全には笑っていない。
あの先が冗談で済まないことを、もう神崎も分かっていた。
在真は少しだけ笑った。
「……最初からだ」
「……終わらねぇな」
その時、映像が揺れる。
黒の奥に、“何か”が映った。
だが——。
「……なんだあれ」
「……強いな」
レオンが言う。
「……次はあれだ」
在真は視線を外さない。
「……ああ」
「……行く」
神崎が肩をすくめる。
「ほんと止まらねぇな」
レオンは映像から目を離さないまま言う。
「……止まらないほうがいい。あそこは途中で認識を外す」
「脅すなよ」
神崎が即座に返す。
「……強いならいい」
それだけだ。
そう口にしたあとで、自分でも少し薄いと思った。
強いものへ行くのは変わらない。
だが、勝った直後に普通なら出るはずの熱が、前より静かだった。
ガルが低く鳴く。
その声だけは妙にはっきり聞こえた。
人のざわめきより近くて、少しだけ落ち着く。
在真は小さく息を吐いた。
「……行くぞ」




