第八十四話 補給路
翌朝、左腿に針を刺すような痛みはなかった。
熱だけが傷の周りに残っている。医療班は画像と腫れを見て、今日は一区画まで、と言った。
八月八日、午前七時十分。
昨日の集合住宅まで白い札が続き、その手前に救助隊の仮設幕が増えていた。湯気の出る紙コップと泥のついた担架が幕の下へ並ぶ。止めた巣の根は柱へ巻きついたまま黒から灰色へ変わり、構造班が根を外す前に細い支柱を追加していた。
倒したから消えるわけではない。
『補給列、接近』
高架道路の下を見る。
港側から三台の荷車が来ていた。押しているオークが六体。前後には槍を持った個体が二体ずつ、荷台と高架の階段にはゴブリンが九体いる。
積荷は袋、黒い鉱石、乾燥した肉。最後の荷車には灰色の卵嚢らしいものが積まれていた。
『高架脚へ近づけないで。北側の二脚は地震後判定が終わってない』
千景の声が入る。
「道路も残す」
荷車の車輪を見る。木材と車の廃材を組み合わせ、中央へ黒い補給印が打たれていた。同じ印が路面にもある。
荷車が印を踏むたび、沈んだ車軸がわずかに浮く。
「ガル、後ろへ」
俺は列の前へ回る。
先頭の補給印へ、刀の切っ先を入れた。黒い線だけが切れ、前輪が急に沈む。車軸が折れ、後ろの二台が止まれずにぶつかった。
オークの列が狭い高架下で重なる。
前の槍二体が来た。
一体目の穂先を外へ流し、柄の内側へ入る。脇腹と首を二撃で切ると、二体目がその身体ごと払うように槍を横へ振った。
しゃがまず、左腿へ体重を残さないよう後ろへ半歩。穂先が胸の前を通ったところで石突きを踏み、手首を切る。
ガルが荷車の後ろで吠えた。後衛のオーク二体が振り返る。
荷車を押していた六体が、前と後ろへ分かれた。上から矢が落ちてくる。風を高架へ沿わせ、軌道だけを右へずらす。
矢がコンクリートへ当たり、乾いた音が続いた。
ガルは後ろの一体へ噛みつき、荷車の陰へ引く。もう一体が追う。
俺へ来た三体のうち、一体の膝裏を切る。二体目の胸核。三体目の斧は受けず、荷車へ刺させた。
抜こうとした首へ刃を通す。
残る三体は荷車を立て直そうとしていた。車軸を切ればまとめて倒せる。
だが、横倒しにすれば道路を塞ぐ。後ろから来る救助車両も通れない。
補給印だけを切る。二台目、三台目と黒い線を断つたび、荷車は傾かずに重さだけを取り戻した。
浮いていた力が消え、荷台がその場へ沈んだ。積荷は落とさず、オークだけが押し潰された車輪から手を放す。
『南から外周班が入る。ゴブリンはこっちで取る』
神崎の声がした。
「任せる」
残ったオークが積荷を捨てて東へ逃げる。ガルが一体を倒し、二体目へ向かおうとして俺を見た。
「追わなくていい。道を探せ」
ガルは路面の黒い印へ鼻をつけた。
逃げた二体ではなく、荷車が来た場所へ向き直る。
後方の処理を神崎隊へ渡し、補給印をたどった。道は、廃車の並ぶバス車庫へ続いている。
途中で救助車両とすれ違った。車内には酸素ボンベと空の担架が見え、運転手がこちらへ片手を上げて、そのまま白い札の先へ走っていく。
さっき荷車を横倒しにしていれば、ここまで来られなかった。
車庫の屋根の下には灰色の膜が張られ、床へ卵嚢が並んでいる。中で小さな影が動いた。
補給路を切っただけでは、もう生まれ始めているものは止まらない。
入口へ白い札を置く。
次に止める場所は、その奥にあった。




