第77話「侵入」
「……超える」
踏み込む。
領域の中。
「……全部ズレてるな」
神崎が外から叫ぶ。
「在真! 無理すんな!」
「……無理じゃねぇ」
在真は視線を前へ固定した。
「……やるだけだ」
踏み込む。
領域の中では、自分の呼吸まで少し遅れる。
吸ったはずの空気が、半拍あとに肺へ落ちてくる。
「……気持ち悪いな」
足を出すたび、体の重さだけが少し遅れてついてくる。
いつもの調子で動くと、自分のほうが空間からはみ出す。
だが——。
「……遅い」
次の瞬間。
——ドンッ!!
直撃。
体が大きく流される。
領域の中では、受ける衝撃の到達位置まで微妙にズレていた。
「……削られるな」
腕の感覚が一瞬だけ薄れる。
見えてはいるのに、そこに自分の肉がある実感が揺らいだ。
それでも——。
「……まだ動ける」
立ち上がる。
痛い。
だが、それだけだ。
痛みがあるうちは、まだ自分の輪郭が残っている。
何も感じなくなるほうが、たぶん厄介だった。
「……痛ぇな」
笑う。
「……これが上か」
「……規則あるな」
「……癖がある」
完全な無秩序じゃない。
押し返す場所と、通してくる場所がある。
レオンの声が飛ぶ。
「……右だ。そこだけ遅れている」
「……分かってる」
外から見ている二人がいる。
それだけで、まだ完全にはずれていないと分かる。
その瞬間、1位が動く。
「……来る」
未来視。
まだ完全には見えない。
「……見えねぇ」
だが——。
「……感じる」
回避。
ギリギリ。
衝撃の線だけを避ける。
「……当たらねぇな」
回避したはずの場所を、遅れて寒さが撫でていく。
斬られてはいない。
だが、輪郭の表面だけ剥がされたみたいで気分が悪い。
踏み込む。
今度は自分の側を相手に合わせる。
無理やり突破するんじゃない。
まずはズレに乗る。
「……合わせる」
空間に。
ずれた時間に。
「……そこだ」
剣を振る。
——ガキンッ!!
止まる。
確かな衝突。
「……入ったな」
1位の目がわずかに細くなる。
「……侵入してきたか」
「……ああ」
確信になる。
「……分かる」
「……使えるな」
1位が笑う。
「……嫌な領域だな」
寒い。
皮膚だけじゃなく、感覚そのものが冷えていく感じがする。
ここに慣れすぎると、普通の場所へ戻った時のほうが薄く見えそうだった。
次の瞬間、領域がさらに歪んだ。
「……来るぞ」
在真は笑う。
「……でも慣れる」
慣れたくはなかった。
こんな場所に体を合わせるたび、普通の地面のほうが遠くなる気がする。
踏み込む。
「……外じゃない」
「……ここでやる」
剣を構える。
「——斬る!」
——ガキンッ!!
完全な衝突。
「……届いてる」




