第八話 契約
起き上がった骨は、鎧を着ていなかった。錆びた短剣を握っている。スケルトンナイトより小さい。俺と変わらない高さだ。鑑定する。
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【スケルトン】
種族格:I
Lv:3
目立つ傾向:近接/単純動作
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勝てるとは、どこにも出ていない。それでも、十八ではなかった。黒狼が低く身を沈める。前へ出ようとした肩が揺れた。
傷だけではない。ナイトを止め続けたせいで、脚にも力が入りきっていない。
「待て」
俺はその横へ出た。命令を聞いたわけではない。黒狼は止まらず、スケルトンの右へ回り、正面だけを俺へ残す。
短剣を持つ腕が上がった。ナイトと比べれば遅い。それでも右目が距離を取り違え、天羽々斬は腕の外側を滑った。止め損ねた短剣の先が保護眼鏡を擦り、四日前に右目を傷つけた瞬間が蘇る。首を引いた拍子に、足まで止まった。
黒い影が足元を抜けた。黒狼が短剣を持つ手首へ噛みつき、骨の身体を床へ引き倒す。俺が立て直すのを待たず、今度は頸椎へ牙を立てた。
骨が割れる。青い光が消えたあとも、黒狼はすぐには牙を離さなかった。傷ついた肩が上下し、床へ血が落ちる。
「助かった」
耳が一度だけこちらへ動いた。さっき俺へ正面を残したのも、試したのではなく、危なくなるまで任せていたのかもしれない。俺はまだ一体を倒しただけで、この狼は傷を負ったままナイトと渡り合っていた。
天羽々斬を鞘へ戻す。黒狼が倒れた骨へ鼻を寄せる。興味を失ったように顔を上げ、来た道とは反対へ歩き始めた。
「待て」
また同じ言葉が出た。黒狼が振り向く。青白くも赤くもない、暗い金色の目だった。
「その肩、薬を使うか」
言葉が通じるかは分からない。回復薬は濃い色の一本が残っている。ポケットへ手を入れた時、黒狼の唇が上がった。牙が見える。近づくなという意味には見えた。
手を止める。
「なら、勝手にしろ」
黒狼は動かなかった。背後の低い穴で、鎧が石を削っている。いずれスケルトンナイトは入ってくる。この狼なら、一人で逃げられるのかもしれない。
俺を助けなければ、肩の傷も増えなかった。
「俺と来るか」
テイムを使うというより、口から先に出た。黒狼の耳が動く。視界へ、短い表示が浮かんだ。
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主契約候補との相互受諾を確認しています。
対象:黒狼・種族格II・Lv17
初回主契約が成立した場合、対象は種族と種族格を維持したままLv1へ再構成されます。
これは表示上の変更ではなく、八能力を含む実際の弱体化です。
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「弱くなるらしい。十七から、一までだ」
声にすると、数字の落差だけがやけにはっきりした。
自分で言って、意味が分からなくなった。今のこいつは、俺よりずっと強い。契約すれば、一まで落ちる。
「やめるなら、今だ」
黒狼は俺を見ていた。やがて一歩だけ近づく。差し出していない右手へ、鼻先が触れた。冷たく、濡れていた。
牙は見えたままだった。それでも噛まれなかった。受け入れるという意思が、言葉より先に分かった。俺も手を引かなかった。
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初回主契約が成立しました。
契約個体:黒狼
種族格:II
個体Lv:17 → 1
個体討伐EXP共有:70%
個別順位:対象外
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黒狼の身体が沈んだ。毛並みの下で張っていた筋肉が、急に力を失う。大きさはほとんど変わらない。けれど、肩と脚の厚みが薄くなり、さっきまで石室を満たしていた圧が消えた。鼻先が俺の手から滑る。
前脚が崩れた。
「ここまで動けなくなるとは思わなかった」
沈んだ身体へ腕を回し、前脚の付け根を支える。黒狼は唸ったが、払いのける力も残っていない。表示を開く。
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【主契約従魔】
個体名:なし
種族:黒狼
種族格:II
Lv:1
HP:1,520/1,700
魔力:190/190
攻撃:1,000
防御:630
素早さ:1,660
器用さ:1,420
知力:300
感知:1,280
基礎戦闘力:約5,100
個別順位:対象外
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Lv1でも、数字は俺より高い。そんなことは関係なかった。自分で選ばせた結果、その場では脚に力が入らない。黒狼の前脚を肩へ掛ける。
「帰るぞ」
喉の奥で、短い音がした。返事だったのか、痛みを堪えただけなのかは分からない。身体を支えたまま、来た道へ向く。低い穴の向こうでは、まだ骨騎士が石を削っていた。
音の間隔は、少しずつ短くなっている。そこを戻るのは無理だった。黒狼が鼻先を上げ、反対側の暗がりへ顔を向ける。俺の肩へ掛けていた脚を下ろし、自分から細い割れ目へ入った。壁の内側を斜めに上る道だった。
何度か腹を擦り、黒狼の身体を後ろから押す。やがて、外の土に近い湿った匂いがした。割れ目の先は、供給室より手前の通路へつながっていた。初めに下りた道の途中だ。
骨騎士の音が、壁一枚向こうで遠くなる。黒狼はそこで一度座り込み、俺が横へ来るまで立たなかった。




