第七十八話 九日後
石板へ肩を押し当てた。
左腿の奥が脈を打つ。止まらずに力を込めると、土と石の擦れる音がして、白い隙間が少しずつ広がった。
光が強く、目を閉じても瞼の裏まで焼かれるようだった。入る前には何でもなかった夏の空が、薄い石の向こうにある別の場所のように見えた。
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〈封葬墓苑〉の中枢停止を確認しました。
閉鎖状態を解除しました。
攻略期間:七月十三日~二十一日
屍王核を獲得しました。
大月在真
個体Lv:31 → 34
天羽々斬:Lv30 → 34
ガル
個体Lv:30 → 32
スキル〈迷宮環境適応I・瘴気〉を獲得しました。
国内サーバー順位:5位 → 4位
全サーバー総合順位:196位前後 → 150位前後
総合RP:28,700 → 32,400
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【迷宮環境適応I・瘴気】
解析済みの瘴気による環境被害を軽減する。
既に受けた負傷や疲労、未解析の毒気には作用しない。
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表示を閉じても、咳は止まらなかった。
石板をもう一度押す。人が通れるだけの隙間を作り、先に外へ這い出た。乾いた草と、陽に温められた金属の匂いがする。瘴気ではない空気を深く吸おうとして、喉が途中で閉じた。
地面へ片膝をつく。
「人が出たぞ!」
いくつもの足音が近づいた。防護服の腕に肩をつかまれ、入口から引き離される。
「中に五人とガル。宮部は担架がいる」
「分かりました。順に出します」
待機班が石板を押さえる。相原が顔を出し、後ろの二人が宮部を持ち上げた。一人ずつ地上へ運ばれ、五人目が出る。
最後に黒い鼻先が見えた。
ガルは差し出された手を避け、自分で外へ這い上がる。傷ついた前脚をついたところで身体が傾いた。俺の隣まで来ると、腹を地面へ落とした。
「生存者六名、契約個体一。入口から追加反応なし」
人数を数える声を聞いて、肩から力が抜けた。石段の途中では何度数えても、地上の声で六人と言われるまでは終わっていなかった。
防毒面を外される。口元へ当てられた布の冷たさで、ようやく自分の顔が熱を持っていたと分かった。
「ガルの肩も頼む」
「獣医班が来ています。同時に処置します」
二人がガルのところへ回った。裂けた肩帯を切り、傷へ洗浄液を流す。ガルは目を閉じなかった。
俺も担架へ乗せられた。左脚を持ち上げられた瞬間、身体が勝手に跳ねる。
「深いです。立たないでください」
林の外には、入った時になかった白い天幕と車両が並んでいた。発電機が鳴り、簡易アンテナが風に揺れている。
透明な袋へ入れられた端末が震えた。
画面には、東條、神崎、千景の名前が何度も並んでいた。一番古い日付は七月十五日だった。
「何があった」
近くにいた救護員が、手を止めずに答える。
「東浜です。七月十五日に警報が出て、二十一日に市の四割が占領区域になりました」
「被害は」
「確認された死者が四十三人、行方不明が三百十二人。数字はまだ動きます」
端末の地図を開く。港から旧商店街、市庁舎までが赤く塗られていた。黒い壁の上を弓を持ったゴブリンが歩き、道路の車体や倉庫の木材が柵へ組み替えられている。
街を通り過ぎたのではない。中へ住みつく準備をしていた。
「神崎は」
「生存。隊の負傷者は六人です」
「千景」
「生存しています。右肩を縫い直したと聞いています」
「瀬尾さんたちは」
「三人とも生存。避難車両を一台失いました」
知っている五人の生存を聞いても、赤い範囲は一ミリも狭くならなかった。
行方不明者の最終位置には、地上で途切れた通信だけが並んでいる。旧商店街の地下へ逃げた人がいるかどうかも、届いた報告からは分からなかった。
担架が車両へ運び込まれる。隣へガルの担架が並び、黒い前脚が俺の縁へ触れた。
端末はまた震えた。
今度は画面を消さなかった。赤い地図を、車両の扉が閉じるまで見ていた。




