第七十四話 七日目
七日目の朝、喉から出た痰に灰が混じっていた。
防毒面をつけたまま眠っても、全部は止められない。目の奥が熱く、指先は起きてから動かし続けないと感覚が戻らなかった。
ガルも、身体を起こすまでに時間がかかった。
鞍袋をつけると、背中の皮膚が小さく震える。右と左を見比べ、乾燥肉と水袋を二つ、自分の大型ザックへ移した。
「今日は俺が持つ」
ガルは鞍袋を見たあと、抵抗せず前を向いた。
相原隊の五人も装備をつける。
宮部の右足は板で固定したまま。腫れは少し引いたが、地面へはつけられない。相原ともう一人が左右から支え、本人は左足で進む。
「走れって言われたら置いてけ」
宮部が言った。
「走らせる道は選ばない」
「選べるならな」
残りを床へ並べた。水袋の透明な列は、人数を六で割った途端にひどく短く見えた。
密封水は十二袋。六人が普通に飲めば一日分しかない。壁面水を沸かして携帯濾過へ通し、移動中の分だけ密封水を使えば、帰還予定までは届く。
保存食は全員で二日分と少し。ガルの乾燥肉は二日分。未使用の交換濾過缶は三つ。使用中のものが予定どおり持つことが前提だった。
余裕はない。
それでも、ここに残れば先に食料がなくなる。
「町の底まで一緒に行く。中へ入る人数は、前で決める」
相原が頷いた。
石造りの家を出る。黒く印をつけた三軒の前は通らない。戸の内側から、相原の声で名前を呼ばれても誰も返事をしなかった。
六人と一頭で、二度ずつ肩と位置を確かめながら坂を下る。
鐘の音が近づいた。
一度鳴るたび、並んだ骨柱の内側を灰が上へ流れる。ガルが右の柱へ顔を寄せ、低く唸った。
柱の骨の中に、青黒い管が通っている。
地面の下へ伸び、次の柱へつながっていた。
「こっちにもある」
相原が左の列を指した。
左右と中央。三本の管が、鐘に合わせて同時に脈打つ。
「瘴気を送ってるのか」
「たぶん」
「切る?」
天羽々斬を管へ向けたが、まだ振らなかった。
「行き先を先に見る。ここで切って、奥から全部流れたら戻れない」
三本の位置を相原の地図へ書き足し、管を追う。
骨柱の森が終わると、広い石床へ出た。
正面に宮殿がある。
屋根も壁も白い骨で組まれ、入口の左右に巨大な香炉が置かれている。灰はそこから吐き出され、天井へ昇っていた。
三本の管は宮殿の下へ入っている。
手前に、小さな前室があった。入口の柱に白い石が埋まり、中は瘴気が薄い。扉は内側から閉められる。
相原が地図を閉じた。
「ここが最奥?」
「その先に中枢がある」
「また、たぶんか」
宮部が壁へ背をつけた。笑う力は残っている。
「五人はここに残って」
相原がすぐに首を振った。
「最奥まで来た」
「宮部を中へ連れていけない」
「動ける三人は行ける」
「戻った時に人数が減ってたら、探す時間がない」
相原の目が、残った水へ動いた。
戻るまでに使える時間も、待てる時間も同じだった。
「……分かった。ここを守る」
相原は自分で言い、宮部の横へ座った。それから弩を手の届く壁へ立て、短槍の穂先を布で拭った。待つ側になっても、武器をこちらへ預ける気はないらしい。
「扉は二回、間を空けて一回。それ以外は開けない」
「俺が戻った合図か」
「私たちが開ける合図。外から真似されても、こっちで決める」
相原は俺の返事を待たず、内側から鳴らす順番をもう一度仲間へ確かめた。
前室へ水と食料を分け、濾過缶の交換時刻を書いた。相原隊は入口の糸を張り、弩と短槍を二方向へ置く。
ガルは伏せようとして、一度前脚が滑った。
「十分休む」
宮殿は目の前にある。
それでも座り、ガルへ水を飲ませた。乾燥肉を半分だけ食べる。残りを口へ運ばないので袋へ戻した。
十分後、ガルは自分から立った。
二人で宮殿へ向かう。
骨の扉へ手を掛けると、足元で三本の管が同時に脈打った。
扉を押す。
中は外から見たより広く、天井から何百本もの骨が吊られていた。
奥の段上に、黒い外套を着たものが座っている。
それが立ち上がった。
身体の中で、青い光が一つ動く。
背後には、鐘が三つ並んでいた。




