第68話「一位」
「……試すか?」
その言葉が落ちた瞬間、ホールの空気が止まった。
誰も動かない。
だが——。
「……鬱陶しいな」
在真はそのまま一歩踏み出す。
男が軽く笑う。
「……来い」
構えはない。
神崎が小さく舌打ちした。
「……舐めてるな」
在真は最短で間合いへ入る。
「——斬る!」
刃が走る。
だが——。
——スッ。
「……は?」
当たらない。
「……そこにいねぇ」
在真はすぐに踏み直す。
もう一度。
角度を変える。
連続で詰める。
「——斬る!」
——スッ。
「……全部抜けるか」
男は一歩も動いていない。
それでも、すべて外れる。
神崎が呟く。
「……どうなってる」
レオンも黙って見ている。目だけが鋭い。
「……違うな」
「……当てさせてない」
男が笑う。
「正解だ」
その瞬間、男が動いた。
——消える。
「……っ!」
次の瞬間、背後。
「……来た!」
回避。
——ドンッ。
衝撃が走る。
「……速いな」
体勢を戻す。
男はもう元の位置に立っていた。
まるで一度もそこを動いていないみたいに。
「……今の見えたか?」
神崎の声が遠くから飛ぶ。
「……ギリだな」
在真は口の端だけ動かした。
「……嫌いじゃない」
さらに踏み込む。
ここでためらっても意味がない。
「……本気でいく」
火。
風。
水。
土。
四属性を一つの斬撃へ重ねる。
「——斬る!」
——ガキンッ!!
今度は違った。
確かな衝突。
わずかにだが、男の体が揺れる。
周囲がざわついた。
「……ほう」
男が初めて、はっきり目を細める。
「……触れたか」
「……ああ」
在真の口元にも、わずかな笑みが浮かぶ。
「……いけるな」
その瞬間、男の気配が変わった。
「……来るな」
圧が上がる。
今までとは違う。
さっきまでは試し。
男が軽く言う。
「……少し上げるか」
次の瞬間。
視界が消えた。
「……っ!?」
何も見えない。
何も感じない。
その無の中から——。
——ドンッ。
体が浮く。
「……ぐっ!」
吹き飛ぶ。
床を大きく滑って、止まる。
在真は立ち上がった。
男は、また動いていないように見える。
「……今のは」
「……次元が違うな」
神崎が呟く。
「……ああ」
だが——。
在真は息を吐いた。
「……遠いな」
「……まだ上がある」
剣を構える。
男が小さく笑った。
「……合格だ」
それだけ言う。
「……ここまででいい」
空気が戻る。
張り詰めていた圧が、わずかにほどけた。
神崎が呟く。
「……合格?」
男は背を向ける。
「……3位で止まる器じゃない」
歩き出しながら、最後に一言だけ残した。
「……上がってこい」
そのまま去っていく。
静けさだけが残る。
在真は剣を軽く振った。
「……薄いな」
さっきの一瞬だけで、自分がまだ届いていない層の感触が残っている。
「……次は、勝つ」




