第65話「最深」
「……来い」
在真が低く言う。
源が動く。
最後の抵抗だった。
周囲の空間が一気に濃くなる。
足元の感覚が消え、前後左右の意味が曖昧になり、こちらの身体のほうが異物として押し出されそうになる。
立っているだけで、自分の輪郭が少しずつ外へこぼれていく。
ここに長くいたら、人の形のほうが先に保てなくなりそうだった。
神崎が叫ぶ。
「これ、さっきまでのよりヤバいぞ!」
レオンも前へ出る。
「……抑える」
源の圧を少しでもずらすために、レオンが干渉を重ねる。
完全には止まらない。
だが、一瞬だけ通り道ができた。
在真はそこへ踏み込む。
「……見えた」
核。
外殻の奥で脈打つ一点。
周囲の歪み全部が、結局はそこから広がっている。
「……そこだ」
神崎が横から押し込む。
「ぶち抜け!」
火。
風。
水。
土。
さらに今いる“外側”の歪みさえ、まとめて刃の流れに乗せる。
「——斬る!」
——バキィィッ!!
核にヒビが入る。
だが、まだ砕けない。
在真はそのまま前へ出る。
「……まだだ」
源の圧が正面からぶつかる。
存在の輪郭を削るような重さ。
肩から腕へ嫌な痺れが走る。
押し返されれば、そのまま向こうの理屈に飲まれるのが分かった。
腕だけじゃない。
名前のついた自分ごと、少しずつ磨り減らされていく感じがする。
それでも——。
「……押す」
剣をさらに押し込む。
神崎が歯を食いしばる。
レオンも低く息を吐く。
全員の圧が、核の一点へ集まる。
「……今だ」
「——終わりだ」
——パキン。
小さな音。
だが、それで十分だった。
核が砕ける。
瞬間、源の輪郭が大きく揺れた。
群れていた異形たちも、まとめて形を失い始める。
神崎が息を呑む。
「……来た!」
在真は剣を振り抜く。
源の本体が、そこから一気に裂けた。
「……終わったな」
静寂。
この空間そのものが、一拍遅れて戦いの終わりを理解したみたいに静かになる。
静かになったのに、耳の奥ではまだ嫌な圧が鳴っていた。
だが、それで終わりじゃなかった。
空間の奥。
さらに遠い場所で、別の脈動がかすかに返ってくる。
レオンが低く言う。
「……これでも入口だ」
在真は少しだけ笑った。
「……だろうな」




