第六十八話 見落とした出口【別視点・神崎】
黒鉄門の前では、まだ押し返せていた。
固定銃座がゴブリンの列を削り、神崎隊が左右から入るオークを止める。門の奥に大型個体が見えるたび、迫撃弾が集中した。
倉庫街の第一線から、魔物は百メートルも出ていない。
「門の前だけ止めろ! 倒れたやつを追うな!」
神崎が叫ぶ。返事が重なった。
この入口だけなら、まだ持つ。
無線へ東條の声が入った。
『旧商店街地下に副出口を確認。第二班を回してください。雨水幹線側は未確認です』
神崎は門の奥を見た。黒い影が次々に押し出されている。
「第二班、車両へ。旧商店街の地上線を作れ」
「ここは二班で足りますか」
「足らせる。固定火器の後ろから出るな」
人員を送り出して三分後、右側の圧力が上がった。オーク二体が倒れたゴブリンを盾にして進み、銃座の死角へ入る。
神崎は槍を担いだまま走った。
一体目の膝裏へ刃を入れ、崩れた首へ隊員が弾を集中させる。二体目の棍棒を槍の柄で受けると、衝撃が肘を越えて奥歯まで響いた。指が痺れたまま踏み込み直し、喉を貫く。
倒せる。
だが、一体へかかる秒数が増えている。
無線が続けて鳴った。
『市庁舎南、魔物を確認。ゴブリン多数』
「旧商店街から抜けた個体か」
『違います。北へ向かっています。道路監視には映っていません』
送られた映像には、住宅地との境にある道路が映っていた。排水蓋が外れ、下から黒い鎧のゴブリンが這い出している。一体が上がるたび、穴の縁へ鉄の杭を打ち込んでいた。
雨水幹線側も開いている。
確認を待っていた場所が、先に出口になった。
「第三班を市庁舎南へ」
「もう予備がありません」
分かっている。
神崎は主入口の地図を開いた。第一班を残し、隊の残りをさらに二つへ割れば、どこも大型個体を止められない。ここへ置けば、住宅地側の穴から人が追われる。
「第一線を下げる」
隣の隊員が聞き返した。
「倉庫街を捨てるんですか」
「港を守って、後ろから住宅地へ入られたら意味がない」
高架貨物線の北へ新しい線を引く。避難バスが通る交差点を内側に入れ、主入口と二つの副出口から来る道路を一か所へ絞った。
「固定銃座は弾を使い切るまで撃つ。回収はしない。第一班は五分後退、残りは俺と市庁舎南へ。魔物を追わず、住民側へ来るやつだけ止めろ」
『貨物倉庫の作業員が二十二人残っています』
「南門から出せ。間に合わなければ屋上へ上げろ。迎えの車両を一台残す」
命令を出したあと、第一線の固定銃座へ目を向けた。設置した隊員が弾倉を交換している。あれも、あと数分で置いていく。
神崎は装甲車へ乗った。
避難用のバスとすれ違う。窓際の子供が海側を見ていた。サイレンが鳴り続け、運転席の前には学校名を書いた紙が貼られている。
市庁舎南へ着く前に銃声が聞こえた。
警察車両が交差点へ斜めに止まり、その向こうでゴブリンが看板を壊している。神崎は走る車両から飛び降りた。
一体の胸へ槍を入れる。後ろの二体を隊員が撃つ。路地の奥に開いた穴は、人が三人並べるほどの幅になっていた。
中に黒い石壁が見える。穴の縁には黒鉄門と同じ魔力が流れ、ゴブリン工兵が内側から道路を削っていた。
「同じ迷宮です」
「地下で全部つながってる」
神崎は爆薬を穴へ落とした。
「伏せろ!」
爆発で石壁と工兵が崩れる。穴は閉じない。奥から別の手が伸び、瓦礫をどけ始めた。
時間を買っただけだ。
主入口から、圧力上昇の報告が来る。置いてきた銃座の射撃音が無線の奥で途切れず、旧商店街の東でも新しい地下振動が出た。
一つでは終わらない。
地図に置いた主入口の赤い印が、急に小さく見えた。
「神崎さん。どこまで守りますか」
隊員の声には、まだ全域という答えを待つ響きがあった。
「高架の北までだ。港湾部には戻らない」
守る範囲を狭く言うと、その外へ置いてきた倉庫と線路の大きさがはっきりした。
「全線は持たない。人が通る線を残す」
東條へ、防衛線の後退と副出口確認を送る。
その下に大月在真の宛先も残っていた。送信不能の印が出る。
神崎は消さなかった。
読まれる時には、港の線はもう地図からなくなっているかもしれない。
「戻るぞ」
主入口ではなく、避難する人間の側へ車を向けた。




