第六十一話 守った街
輸送車が川代の市境へ向かうあいだ、閉じたままの通知は視界の隅から消えなかった。
窓の外では、上下線の片側を塞いで代行バスが走っている。停留所のない場所にも人が並び、警察官が紙へ書いた行き先を一人ずつ確かめていた。車が交差点で止まるたび、左肩を固定する帯が背中へ食い込む。
ガルは座席の間へ身体を横たえ、保護材を巻かれた右前脚だけを少し浮かせている。目は閉じていたが、車体が揺れるたびに耳が動いた。
街を出て、崩れた建物が見えなくなってから通知を開いた。
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〈赤角砦〉スタンピード中核を撃破しました。
川代市防衛実績を記録しました。
大月在真
個体Lv:30 → 31
ガル
個体Lv:29 → 30
固有スキル〈幸運I〉が〈幸運II〉へ上昇しました。
剣術III・熟練度:85%
国内サーバー順位:8位 → 5位
全サーバー総合順位:330位前後 → 196位前後
総合RP:22,600 → 28,700
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【幸運II】
効果:危機の中で、残っている一つの成功線を拾いやすくする。
制約:存在しない可能性は作れず、任意の結果を選べない。
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残っていた一つの線。
言葉を読んだ瞬間、斜めに落ちた駐車場の床と、その下から出ていた灰色の靴が浮かんだ。拾えなかった線もあった。スキルの段階が上がっても、そちらが消えるわけではない。
詳細表示を開く。
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名前:大月在真
種族:人間
種族格:I
Lv:31
職業:処刑者・第二段階
HP:6,080/6,690
魔力:1,850/1,850
攻撃:2,520
防御:1,660
素早さ:2,390
器用さ:2,740
知力:2,250
感知:2,820
状態:左肩甲骨側裂傷(縫合・圧迫固定)/右頬打撲/両腕の痺れ
基礎戦闘力:約12,590
武器:天羽々斬Lv30
スキル:テイムI、未来視鑑定III、ステータス改竄I、剣術III、四属性操作I
成長特性:成長加速、大器晩成
特殊適性:四属性適性
固有スキル:幸運II
DP:31,000,000
国内サーバー順位:5位
全サーバー総合順位:196位前後
総合RP:28,700
名前:ガル
種族:黒牙魔狼
種族格:III
Lv:30
HP:6,560/6,820
魔力:780/780
攻撃:3,580
防御:2,120
素早さ:6,120
器用さ:5,300
知力:1,160
感知:4,900
状態:右前脚裂傷(洗浄・保護済み)
基礎戦闘力:約18,860
契約:主契約従魔
個別順位:対象外
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Lvは一つしか上がっていない。それでも、身体の上限は以前より明確に伸びている。ガルも同じだ。
いまは、その増えた力を使える状態ではなかった。
表示を閉じると、輸送車の天井に固定された端末が昼のニュースへ切り替わった。川代市の防衛成功が最初に出る。赤角砦由来の新規流出は停止、市街占領なし。駅前と工業区の映像のあと、死者六人、行方不明二人という数字が表示された。
昨夜より増えている。
立体駐車場で見つからなかった二人が、そのまま行方不明へ残ったのかは分からない。画面の下では、貨物線の復旧に数週間以上かかる可能性と、三工場の操業停止が流れている。
防衛成功という見出しが消えたあとも、そちらの文字は残った。
端末の映像が海外速報へ変わる。
乾いた地面を、巨大な槍が斜めに貫いた。砂を巻き上げて倒れた翼竜の首から女が槍を引き抜き、振り返るより先に次の個体へ走っている。黒髪を束ね、片方の肩へ包帯を巻いていた。
以前、サン・ロレンソの封鎖線へ戻ろうとしていた、名前の出なかった女だった。
『イネス・アルバレス。チリサーバー一位、全サーバー総合八位。北部砂漠域で翼竜種三体を討伐――』
映像の奥には、封鎖された道路が見える。槍を持った女だけを切り取れば勝った映像になるが、その先の街はまだ閉じたままだった。
八位と、百九十六位。
遠い。以前なら、それだけを見ていたと思う。
いまは画面の端に映った仮設住宅の屋根と、川代駅から伸びていた代行バスの列が、同じものに見えた。
正午を過ぎたところで、東條から被害集計が届いた。
『死者六、行方不明二で本日正午の公表値を固定します。千景さんと神崎隊に死亡者はいません。軽傷者は出ていますが、全員連絡可能です』
「……そうか」
『四日間は戦闘禁止と聞いています』
「聞いてる」
『では、次の案件は送りません』
そこで通話が切れた。以前なら条件や再開時刻が続いたはずだが、東條もそれ以上は言わなかった。
午後一時前に自宅へ着いた。玄関の鍵を開けるだけで、両腕の痺れが戻る。天羽々斬を壁際の固定具へ収め、救急用品の袋だけを床へ置いた。
ガルの肩帯を外す。右前脚の保護材は夜までそのままにするよう言われていた。水を替え、非常用の肉袋を開くと、ガルは半分だけ食べて寝床へ移った。
俺も何か食べるつもりで炊飯器を開けたが、米は空だった。冷凍してあったご飯を温め、椅子へ座ったまま塩だけで食べる。
千景へ帰宅の連絡を送った。
『帰った。四日、戦闘禁止になった』
返事はすぐには来なかった。西側道路の確認中だと聞いている。食器を流しへ置き、身体を横にしようとして、左肩が床へ触れる角度を避けるのに時間がかかった。
しばらくして端末が震える。
『私も終わった。四日はちゃんと休んで』
その下に、少し遅れてもう一つ届いた。
『帰ったなら、それでいい』
返信を打つ前に、ガルが寝床から鼻先を出した。呼吸はゆっくりだった。
川代では、止まった路線の横でまだ人が歩いている。六人は帰らず、二人は見つかっていない。それでも占領された街にはならなかった。
守ったという言葉を、どこまでに使えばいいのかは分からない。
端末を伏せ、四日分の最初の眠りへ入った。




