第六十話 止まった路線
朝になっても、川代駅の発車案内は全部消えたままだった。
臨時医療所の窓から、駅前の電光掲示板が見える。
全線運休。設備点検中。再開時刻未定。
魔物の新しい流出は、昨夜止まった。それでも、線路の上には車両と瓦礫が残り、貨物線の一部は熱で曲がっている。
「腕を上げないでください」
医師が左肩の固定帯を締め直した。
「裂傷は縫合済みです。骨折はありません。ただ、両腕の痺れが残るなら四日は戦闘禁止。右頬は冷やすだけで大丈夫です」
「ガルは」
「前脚は浅い傷です。泥が入っていたので洗浄と感染確認。今日は走らせないでください」
隣の区画で、ガルが保護材の巻かれた右前脚を前へ出して伏せている。眠ってはいない。担架が通るたび、目だけを開けた。
帰宅用の輸送車が来るまで、あと二時間あった。
俺は医療所を出ず、同じ体育館内に設けられた避難受付へ移った。
壁一面には、住宅損傷調査や工業区の立入制限、勤務先の休止証明、運休に伴う通勤支援を知らせる紙が貼られている。その端には、遺体確認と行方不明者の窓口まであった。
その下に、避難住宅の申込案内があった。
『同一申込単位は戸籍上の親族に限りません。発災時に同一住所で生活していた共同生活者、指定連絡人を含めて申告できます』
列の前で、若い男が用紙を持ったまま止まっていた。
「同居人、今は病院なんです。結婚はしてなくて」
「指定連絡人になっていますか」
「会社の書類には」
「なら、その控えと同一住所が分かるものを後で出してください。今は別々の申込みにしません。病院側にも面会連絡を回します」
職員は新しい用紙を一枚重ねた。
婚姻を認める制度ではない。避難中に、一緒に暮らしていた人間を他人として切り離さないための欄だった。
その隣では、K-17工場の作業着を着た人たちが集まっている。
「建物、今日入れないって」
「今日どころじゃない。事務棟の壁もずれてる」
「給料は」
「会社からは休業扱いの連絡だけ。派遣の人は次の現場が決まるまで待機だって」
十一人は生きて出た。
その先の仕事まで戻ったわけではなかった。
端末へ東條から被害概要が届く。
駅前立体駐車場、二階床崩落。工業区三工場、全棟使用停止。貨物線二・一キロ、架線と信号設備の点検継続。旅客線二路線、再開見込み未定。
死者と行方不明者の欄は、昨夜の数字から更新中になっていた。
『攻略側の報告は午後にまとめます』
東條から通話が入る。
「今はいい」
『順位も確認していませんか』
「帰ってから見る」
『分かりました。輸送車は十時半。鳴海さんは西側の道路確認、神崎隊は残存個体の掃討中です。どちらも負傷者はいますが、死亡報告はありません』
「連絡しなくていいか」
『作業中です。帰ったことだけ伝えておきます』
通話が切れる。
体育館の売店代わりの机で、水と固いパンを受け取った。ガルへは非常用の肉袋が一つ渡される。
食べ終わる前に、駅前の掲示が更新された。
再開時刻未定の下へ、代行バスの乗り場が追加される。百人以上が列を作り始めたが、最初の便は二台だけだった。
午前十時三十七分、俺とガルは輸送車へ乗った。
川代を出る道から、崩れた倉庫の屋根が見える。昨夜、神崎が捨てた三棟かどうかは分からなかった。
線路沿いには、通勤鞄を持ったまま歩く人がいる。
俺の通知には、攻略報酬と順位が残っている。
窓の外では、止まった電車が一両も動かなかった。




